11.風向きの変化―――ウォード
ドドは軟禁状態だった。
牢屋ではなく個室があてがわれたが、ブリジットとの接触も許可されない。
元々はオーガの襲撃が多発する原因をつきとめるため、マリアがラブロンの森に派遣された。
その原因が不明のまま、マリアの死によりカースタッグの冒険者は減少傾向に。
それを防ぐ目的でブリジットを城に留め置く算段だった。
要はブリジットがしばらくいればいい。
そのために、時間稼ぎをしているだけで、ドドの処分は司祭グロンによってほぼ決定していた。
そんな中、風向きが大きく変わる小さな変化起きていた。
カースタッグ城内では日々兵士の訓練が行われる。
実戦形式の模擬戦。
一般歩兵で、『トロい』と周囲にからかわれている青年がいた。
彼は模擬戦で勝利したことが一度も無かった。
体格はそこそこあるが、彼は生まれつき魔力が少なかった。
魔力切れを起こせば勝負にならない。
そんな彼が初めて勝利を挙げた。
そこから破竹の連勝続き。
この青年の勝利の理由がドドにあると、勘付く者は多かった。
なぜなら彼はドドの世話係だったからだ。
◇
「ドドさん、やりました! また勝ちました!!」
「そうかい。そりゃよかったね」
青年ウォードは歓喜の声を上げながら、ドドに食事を運んだ。
「ドドさんが言った通りでした。でもなぜあんな単純なことで勝てたんでしょう?」
「シンプルが一番強いからさ。それを実行するための努力を君はすでにしていた。だから教えたんだ」
ドドは笑みを浮かべ、ウォードはたじろぐ。
(多少打ち解けても、すぐにビビられるな)
ドドは城に来て初めて自分の顔を見てショックを受けていた。
話すときには相手に怖がられないよう心がけるようにした。
ウォードに話しかけたのはその練習がきっかけだった。
「もちろん、君にブリジットとの伝言役を頼んだ御礼でもあるし、おれがここを出るための布石でもある」
「ドドさんは、オークなのに頭いいですね」
「……生きるために必死なだけさ。もうあの森に戻るのは御免だからね」
目論見通り、すぐにドドはガナム達に呼び出された。
軟禁から20日だ。
騎士たちがずらりと並ぶ居室。
こんな回りくどい真似をせず、部屋を訪ねればいいのだが、そこは体面もある。
「ウォードに技を仕込んだか。一体何を教えた?」
前置きは無駄、というより面倒なのでガナムから開口一番本題に入った。
「何も。ただ、一番得意な型をがむしゃらに繰り出して他は何もやるなと言った、だけですよ。サー・ガナム」
騎士たちは訳が分からないと言った様子だ。
「確かに、ウォードは剣を叩きつけるだけしかしてない。それが戦法か? ふざけているのか?」
「実際手ごわい、ですよ。あなた方は魔力を過信し過ぎ、恐れ過ぎだ……と思います」
「なんだと?」
ドドはトロい、でくの坊と言われているウォードの身体が他の兵士よりも鍛えあげられていることに気が付いた。
粗削りだが、身体は出来上がっている。
「人間を剣で倒すために過剰な力は必要ない。剣の力を侮り過ぎ、ですよ。剣筋が良ければ、魔力なしでもおれの身体に刃は通る」
ドドは実際ウォードの剣をその身に受けて試した。
自らがラブロンの魔物と素手で戦ってきた経験から、ウォードには十分に力があると確信した。
ならば、なぜ彼は弱いのか?
それはこの世界の戦闘が魔力ありきで構成されているからだ。
魔力が無い者の戦法は考慮されない。
そもそも戦法とみなされてない。
「確かに全力で振り下ろした剣は魔力の壁を貫通するだろう。しかしそんな攻撃は実戦では通用せん。魔力を込めた剣で受ければ造作もなく弾き返せる。あるいは振り下ろしを狙えば隙だらけだ」
「あなたにはできるでしょう。だが新兵にそんな度胸は備わっていない……のではないですか?」
ガナムは確信を突かれ、驚いて表情に出た。
(このオーク。人間の心情をそこまで理解しているというのか? 新兵同士では技術や能力より、気迫、迷いの無さが大きな勝因となりえる。魔力の操作は繊細。ゆえに新兵にとって受けるという選択肢は大きなプレッシャーとなる)
一方、ウォードは剣を振り続けることだけに集中できた。少ない魔力のやりくりに縛られなくなったことで、迷いなく剣が振るえた。
その様子は対戦相手には脅威だ。
なにせ、魔力を温存していつ繰り出すか分からない。
単調だからこそ変化が恐ろしくなる。
「ドドには指南役の素質があるとこれでわかっただろう」
ブリジットは鼻高々と胸を張った。
ドドの教えは薩摩の剣術示現流に通じる。
示現流では蜻蛉と呼ばれる上段からの打ち下ろしのみをひたすら稽古する。様々な型がある日本の剣術の中では異色だが、合理的であった。
それは練兵のしやすさだ。
1つのことを極めさせ、最初から奥義を叩き込むことで、迷いの無い達人を即座に生み出せる。
なにせ、一つしか習っていないからそれ以外のことができない。
加えてウォードが放つ上段は西洋剣術における「憤撃」に該当する最も強力な剣撃で奥義の一つ。
これを躊躇なく連続で繰り出す相手は恐ろしい。
ウォードの連戦連勝で風向きが変わろうとしていた。
「だが、魔物との戦いではそう上手くいくまい。魔物の外皮は魔力を込めなければ貫けん。所詮は浅知恵だ!!」
多くの騎士はウォードの戦い方を認めなかった。
「魔力うんぬんはわからない」
「魔力が無い者が闘いの何を教えられるというのか。軍とは足並みを揃えて初めて力を発揮する。ウォーレンの戦法は邪道そのものだ。歩調を乱す者は必要ない!」
がくりとうなだれるウォード。
ドドを認めない空気。
「いや、待たれよ」
異議を唱えたのはカースタッグの両輪の片割れ、塔の魔導師ルークだった。
「そもそも、ウォードにここまでの強さを伝授できたものが他におるのか? このオークは少なくとも指導者として有用性を示した。それは認めるべきじゃろう」
「むぅ……いや、しかし……」
「兵士の活躍の場は魔物退治だけではあるまい。そうでなければ城の中で対人戦闘を磨かせている理屈が合わんだろう」
「それは……」
「練兵の方法の一つを示しただけじゃ。それも軟禁されたままでじゃぞ。同じことが他の者にできるのか?」
ルークを前にガナムは萎縮する。
まったく言い返す余地が無い。
「分かりました。そこまで言うのなら、そのオークの処遇はマスタールークの責任で決めてください」
「よかろう」
こうして騎士たちは納得していないまま、ドドは軟禁を解かれた。
「ありがとう、おじいさん」
「ふん、わしは事実を話したまで。名誉が全ての奴らと違い、わしにあるのは探求。人間に技術を教えるオークとは心そそられるわい」
「これからどうするドド?」
「そうだな。おれはカースタッグ兵を強くすればいいんだろう? なら手っ取り早い方法を知ってる」
軟禁を解かれ自由になったドドが真っ先に向かったのは訓練場だった。
「おれに勝ったら、この剣をくれてやろう」
従士や一般兵たちに見せびらかしたのはアダマンタイトでできた勇者の宝剣『コスモス』だった。




