10.塔の魔導師―――マスター・ルーク
ドドは部屋に拘束された。
軟禁状態だ。
その間、ブリジットはドドとの接触を禁じられた。
表向きは城内従魔の連れ歩き禁止のためというが、二人の逃亡を阻止するため、バラバラに監視している。
その間ブリジットは仮面を取り、騎士たちに直訴した。慣れないコミュニケーションでドドの安全性と有用性を説明しようとする。
「オークに何を教わるというのか!? 我ら騎士を侮辱しないでいただきたい」
誰もがこの返事だ。
オークは魔物で下級の第一位階『腐緑』に位置する。
そのオークから学べと言うのは騎士からすれば侮辱に他ならない。オークより未熟と言われているようなものだからだ。
「はぁ……私のせいだ」
ブリジットは後悔した。
ドドの力を見れば皆喜んでドドの技を習得したがると思っていた。
しかしそれは冒険者的な考え方で、騎士や兵士には名誉があり、それが優先される。
ブリジットはこの数日ドドと一緒にいただけで、離れた今孤独感に苛まれていた。
「なぜ私はこうも不器用な生き方しかできなんだ……」
自分を責めても事態は好転しない。
いっそのこと、部屋に突入し、ドドを連れて逃げることも考えた。
(ダメだ。ドドの評判を落としては意味がない。でも私は頭が良くない。こんなときどうすればいいのかわからないんだ)
しばらく考え込んで、全く打開策が浮かばないブリジット。
しかし彼女はシンプルに思い直した。
「そうだ。私にはわからん!!」
開き直った。
この事態を穏便にどうにかする術は自分には思いつかない。
ならば、できそうなものに依頼すればいい。
彼女はとある部屋を訪ねた。
そこは実験室のように乱雑で、しかし、城の文献のほぼ全てがそろう図書館のようで、豪奢な貴賓室のようでもあった。
「おやおや。これは『光のブリジット』殿がお越しとはうれしい限りじゃのう」
「マスター・ルーク。あなたに頼みがある」
ブリジットは革袋を机にドシリと置いた。
「思い切ったのう。そりゃお前さんの全財産じゃろう?」
「ドドの後ろ盾になって欲しい」
塔の魔導師、ルーク。
『塔』は権威ある魔法の研究機関で、リドリア王国の隣国に古くからある。
塔出身の魔導師は各地の諸侯がこぞって欲しがる人材で、魔物討伐の指揮から都市計画に至るまで、魔法に関するありとあらゆることに関して、顧問として重用される。
その中でもマスタークラスの魔導師ともなると、王族も恐れるほどの権威を持つ。
一人で都市防衛を担えるほどの魔法を有し、一人いるかいないかで国防力が大きく変動するからだ。
「わしはな、ブリジット嬢。マスターと言ってもこんな辺鄙な場所に追いやられた老いぼれじゃよ。魔法も実戦より研究が専門じゃ」
「つまり、すごい賢いということだ。知恵を借りたい」
「まっすぐじゃのう……まぶしい。ふ~む、わしもあのオークには興味がある。このまま飼い殺しにされるのはもったいないと思った。じゃから、どうにかしようと思って居った」
「ん? 思っていた? 今は?」
「ちょいと付き合いなさい」
ルークは杖をついて訓練場に向かった。
道中説明する。
「人の気持ちを変えるにはどうするか。金は有効じゃ。利益と言い換えても良い。オークに技を教わるのはその点一長一短。有用な技でもオークからというのは世間の受けが悪い。じゃが、世間の評判など気にしない者もおる」
「例えば冒険者とか?」
「ふふ、もっと根本的なことじゃ。何が何でも結果を出さなければと追い詰められている者じゃよ」
訓練場に着いた。
そこには様々な兵士がいた。
「いきなり騎士と話しても無駄じゃったな。オークの技を欲する者たちはこっちじゃ」
そのほとんどが下級の、騎士の従士未満の一兵卒たちだ。元は農民か、貧乏貴族の三男、四男。もしくは犯罪者。
いわゆる才能は無いが軍しか行く場所がない者たち。
カースタッグはその防衛上の重要性と過酷さ、辺鄙さから相応の兵が求められるがその質はあまり良いとは言えなかった。
「なるほど、彼らにドドの技術を伝えて強くすれば良いと?」
「いくら名誉だなんだと言っても結果を出せば無視はできんからのう」
「じゃあ何人か連れて行こう」
「待て待て。その必要はない」
「ん?」
ルークは杖である青年を指す。
一人素振りをする青年。
ブリジットはその眼で実力を探る。
「魔力が少ない。訓練で使ったにしても、少なすぎるな」
「あの小僧はウォードと言ってな。父親が軍人で大成して騎士の身分となったが、本人があの有様でここに左遷された従士見習いの一般歩兵じゃ」
「ほう。詳しいな」
「今はドドの世話係をしておる」
ブリジットは改めてウォードを見た。
ウォードは先ほどから一心不乱に剣を振り続けている。
どう見てもやけくそになっているようにしか見えない。
「あれがどうかしたのか?」
「ウォードがああなったのはドドの世話係になった日からじゃ」
「ん?……うん……まさか!」
「気をもむな。お前さんの相棒を信じて待ってみ」
見習い従士のウォードはその日からブリジットの視線を背中に感じ続けながら素振りを続けた。




