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8.オーク VS 城兵長―――トライアウト

 ブリジットの提案を聞いて、兵士たちはようやくドドに意識を向けた。

 何せ、全く魔力の無いオークだ。

 嫌悪の対象だが脅威ではない。

 ただの荷物持ちかと思い、意識から外していた。


 そのオークを指南役にせよ。

 騎士は名誉を重んじる。

 踏みにじられれば命を要求する。



 今度はガナムも止めなかった。

 城兵たちが再び剣を抜いた。



「ワシはあまり冗談を好まん。非礼ここに極まる」

「冗談ではない。ドドは指南役として向いている。なにせ、ドドは私より強いからな」



 ガナムは怒りに震えた。

 同時に深く困惑した。オークは下位の魔物だ。対してブリジットは高位の冒険者。自らを貶めてまで騎士に無礼を働く意図が分からない。



「疑うなら戦ってみればいい。ドドに勝てたら私も働くさ」




「いいだろう。我がカースタッグの兵士よ、誰かこのオークと戦いたい者はおるか?」



 誰も名乗り出ない。

 それほどにオークとの試合は不名誉なものだ。

 ガナムが重い腰を上げる。ロートルと言ってもつい十年前までは現役で戦っていた騎士。


「ではワシが」

「父上、私が」



 長い金髪を束ねた大男。

 カースタッグ城兵長ジェミニ。



 息子になら任せられる。親の七光りではなく、実力を誰もが認めるこの城で最強の男だ。

 ガナムはこの不名誉な戦いを息子に負わせることにいささかの抵抗を覚えたが、あえてその責を負う息子を誇らしく感じた。


 ガナムが頷き、すぐさま従士が兜を持ってきた。

 完全武装したジェミニは剣を抜いた。


「ブリジット殿。ぜひ忌憚なき意見を頂戴願おうかな!!」




 ◇


 これは荒療治だ。

 ドドは理解した。

 ブリジットのやり方は強引だが、ドドがオークとして自己の権利を持つことを周囲が認めるには悠長にしてはいられない。



(事実を示す。今のおれの実力。そして成果を出す。それが最短の道のり。あえてここに留まるというわけだな……)



 ドドにとっても軍で訓練を積んだ騎士を相手にするのは初めてのこと。

 しかし、勝算はあった。



 ブリジットはしてやったりと得意満面。



(ドドの捉えどころない動き。魔力に頼っていないなら私も習得できるかもしれん。城兵長相手となれば申し分ない。じっくり見させてもらおう)



 ブリジットはドドの力の秘密が気になっていた。

 ただ、それだけだった。



 各地から派遣されてきた騎士や顧問はこのくだらない茶番に冷笑を浮かべる。



「この広間をオークの血で穢すとは」

「しかし、これであの『光のブリジット』が戦列に加わるなら願っても無いことだ」

「ブリジット殿はあの従魔に何か恨みでもあるのではないか?」

「ははは、違いない!!」



 そんな周囲の嘲笑とは裏腹に、対面したジェミニは謎の悪寒を背筋に感じていた。地面の上に上手く立てていないような居心地の悪さ。



(騎士らしく堂々と立ち振る舞う。その上で、オークの攻撃を引き出し、その隙に確実な一撃で仕留める。これかな)



 ジェミニは両手で大剣を構えた。



「あ、待たれよ。そのオークの武器は?」


 魔物相手であっても尋常な試合で非武装の相手は攻撃できない。

 それが騎士とただの軍人の違いだ。

 騎士は名誉のために戦う。その愚直さを馬鹿正直に持ち合わせて生きているのはジェミニぐらいのものだが。


 ジェミニの問いかけにブリジットは腰の剣ではなく背負っていた剣をドドに手渡した。


「あれは……」

「なっ、何と畏れ多い!」



 周囲から非難の声が巻き上がる。


 勇者マリアの剣、『コスモス』

 最高硬度を誇るアダマンタイト鋼から鍛造された長剣。


 ドドはそれを悠々とまるで短剣のように片手で持った。



 体勢は構えというより、剣を後ろ手に振りかぶる貯めの状態で静止している。



(隙だらけ。いや魔力が無いとはいえオークの怪力には気を付けよう。慢心と油断は捨てる)



 ジェミニに油断は無い。



「では試合開始!」



 号令と共にジェミニの身体は動き出した。

 魔力を込めたダッシュで距離を詰め、前のめりになったドドの首に突きを放った。



 誰もがオークの首が飛んだと確信した。

 それはジェミニ本人もだ。



 ドドは首への突きをバックスウェーで躱した。

 切っ先は首まで届かない。



(何? 躱された? いや……誘導されたのか!?)



 その刹那、ジェミニはさらなる横薙ぎを追撃で放った。二撃目も空を斬る。



「――!」



(見切り、いや、読み!? だが、この体勢)



 ダッキングで頭を下げた状態のドドへ、直上から振り下ろす三撃目。



 剣は構えていない。ガードは間に合わない。

 魔力で強化された反応が、ドドの不利な体勢を見て取った。



 しかしジェミニの剣は中途半端に止まった。

 目標を見失った。


「―――???」



 ジェミニの背後にドドは回っていた。

 一見すればドドがジェミニのサイドを抜けただけに見える。



 その動きをブリジットのみが見切った。



(腰のひねりと返しだけで加速した!)



 ドドはそもそも武術家でも格闘家でも無い。

 それでも身に受け続けた技はその身に刻まれ、吸収された。


 古武術の歩法。蹴り脚を用いず踵を上げた『浮き身』による加速。それにダッキングから上体を跳ね上げ身体の重さをゼロにした。ドドの超重量級の身体は一瞬重力から解放された。

 格闘技、武術において斜め前へのフットワークは基本。その速さの工夫は多種多様。踏み込んだつま先を相手側へねじるように向ける。八卦掌における『はい歩』。

 上体のひねりを戻す反動で送り脚を素早く相手のサイドに到達させるボクシングのステップワーク。



 ドドはそれらを用いてジェミニのサイドに踏み込んだ。



 ガナムは息子が背後を取られたことに驚嘆する。




「ばかな……くっ!」



 ドドの急加速にタイミングを外されたジェミニはそのままバックチョークをかけられた。



 魔力を有する相手に対するドドが出した答えの一つ。



 グラップリングからの投げ技。

 いくら身体能力が高かろうが掴みあげられてしまえばどうすることもできない。



(ここで決められるが、もう少し試すか)


 ドドはそのままバスターを決めた。

 地面に叩きつけられたジェミニは効いたというより驚いた。



(魔力を使わずなぜこんなことができる? 全くわからない!)



 ジェミニはすぐに起き上がろうとするが、すでにマウントポジションからアームロックに入っていた。

 V1アームロック。肘を極められ、ジェミニは抵抗する。


(関節も効くな。だがこれは不意を打ったからだろう。関節技自体はあるようだな。拘束するには不向きか)



 二つの目の策は関節。

 一気に折れば有効と判断した。



「お、おのれ……」



 ジェミニは骨格筋に魔力を集中して抵抗し、無理やり外した。



「うぉぉぉぉ!!」



 三つ目の対応策。

 タックル。


(魔力で強化しようと質量は変わらない。近距離のぶつかり合いならおれに分がある)




 鎧を着こんだジェミニは120キロ近いが、ドドは200キロ以上ある。


 剣を避けた態勢はクラウチングの構え。

 組み付いてしまえば剣は意味を成さない。

 そして、柔道、レスリングに階級があるように、組み技はモロに体重差がものをいう。


「ぐっ」


 何とか踏ん張り押し切りを耐えるジェミニ。

 しかしドドは腰を掴んで再び投げに移行。

 フロントスープレックス。


 テイクダウンし、剣を突き付けた。



 これにはジェミニも抵抗しようがない。



「こ、降参する」



 動揺が駆け巡る。



「あ、ありえん。ジェミニがこうも一方的に」



 息子の敗北が信じられないガナム。

 彼はブリジットにこの謎のオークの正体を問い質したい。

 しかし、当のブリジットもまだ全容把握からは程遠い。



(予測が早いだけじゃない。身体を効率的に動かすことで、魔力を使わずに早く動いて常に有利な位置にいる。そこから流れるような攻撃。これは、途方もない時間の積み重なりが成せる、技術の集大成だ)



「ドド!!」



 殺気立つ騎士たちを制し、ブリジットが叫んだ。



「今の技、私にも可能か?」

「さぁ? できるんじゃないだろうか……」



 怒りと焦りで沸騰していた騎士たちの頭は、すぐさま冷めた。身体が冷たくなり、嫌な汗が噴き出るのを感じていた。



「え?」

「今……」

「……オークがしゃべった」



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