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5.従魔のオーク―――ショッピング

 険者ギルド内をきょろきょろと見渡すドド。

 森で暮らし続けたドドにとっては何もかもが興味深い。


 文明レベル。建物は基本的に石材と木材。鉄も使われている。座っている椅子やテーブルはシンプル。どれも手工業制。


 ふとカウンターに置かれる白い花瓶に眼をやる。



(陶磁器のようだ。それがありふれたものならば、魔法以外にもそれなりに文明は進んでいるということか)



 生活様式。衣類というより装備は派手な装飾が目立つ。靴は全員履いている、白い服を着ている者はいない。



(比較的色とりどりな服装だな。染料が豊富なのか。いや、文化的な紋様に違いがある。人の行き来や交易が広い範囲で行われているのかもしれない)




 人種。多種多様。時折獣のような耳を持つ者を見かける。ただ、人間離れした見た目の者はいない。



 風習。握手の習慣は無く掌を見せるのが挨拶。立場が上の者に対しては下に両手を出し、右足を引いている。


 言語。共通言語は1つ。ただし、話している者によって訛りがひどい。



 観察する間、時折視線が合う。

 獣魔のオークはとても珍しい。

 それも英雄であるブリジットの従魔となればなおさらだ。



 中には嘲笑や侮蔑も混じっている。



(オークというのはかなりの嫌われ者のようだな)



 ドドは居心地の悪さを感じる。


 そこにギルド職員との話を終えてブリジットが戻ってきた。



「遅くなった。獣魔と認められた証をつくってもらった。これがあれば通常の魔物と区別される」



 ブリジットは首輪を手渡した。



「嫌そうな顔をしないでくれ。決まりなんだ」

「別に嫌そうな顔をしているつもりはない。こういう顔なんだ」

「なら着けてくれ」

「おれのいた世界には基本的人権の尊重という法があってな」

「残念だが今のあなたは人間ではない」




 赤い装飾が施された革製の首輪。

 ドドはそれを自ら着けた。


「屈辱だ」

「では宿にいこう。まごまごしていると厄介なことに巻き込まれるから支度を整えて、カースタッグを出る」

「厄介?」

「貴族だ」




 この城には領主はいないが代行の城代をはじめ、各地から集まった騎士たちがいる。

 騎士は平民、軍人のさらに上で貴族。

 その上に王族や聖職者がいる。



「ちなみにブリジットは?」

「ん? ははは、私は平民だ。いや、市民権も無かったし生まれは農奴だから平民以下だろう」

「そうなのか。てっきり貴族の生まれかと思ったよ」



 ブリジットはどこか品がいい。

 それに顔かたちがやけに整っている。




「礼儀作法は師匠に教わった」

「そうか。今度おれにも教えてくれ」



 道すがら必要なものを買いこむ。



「う~ん、ドド。服はどうする? あなたは靴とか履くのか?」


 ドドは呆れる。


 人前で話さないことを提案したのはブリジットだ。

 高位の魔物が人語を解することはあるがドドのように流ちょうに話すオークは異常。

 騒動を避けるために目立たない行動を心掛ける。


 それがドドの目的、闇の王討伐へ至る最短の道。


 しかし、すでに目立ってしまっている。



「おい見ろよ。オークだぜ」

「気味が悪い」

「魔物を街に入れんじゃねぇよ」



 モンスターという脅威が常に付きまとう。

 中でも魔力を使い積極的に人間と敵対する魔物は嫌悪される。例え従魔だとしても。

 特にオークは身近な脅威として認知度が高い。


 ドドには常に7,8人の殺気の籠った視線がまとわりつく。



(魔物に身内を殺された者たち。ブリジットがいなければ飛び掛かっているのだろう)



 ブリジットは買い物に夢中なようで背後のドドに気を配っている。



「すまんが商売にならん。どっか行ってくれ」


 市場の人込みがドドを避けている。

 確かに営業妨害だ。



 ドドはブリジットを引っ張り市場を抜ける。



「なんだ。ドドは照れ屋さんか?」

「はぁ。仮面着けてるやつにいわれたくないな」

「む。これは恥ずかしくて着けているんじゃないぞ。私はこの辺りの生まれじゃないし、女だとなめられやすい。それにこんな仮面を着けている奴には早々誰も話しかけてこないからな」

「おれがいたら必要ない。見ろ」




 誰もが避けて通っている。



「うん、そうか」


 ブリジットが仮面を外した。



「チッ、魔物なんか連れやが……うわ、すげぇ美人」

「嫌ねぇ、オークなんて汚らしい……あら、キレイな子ねぇ」

「美女と野獣だ」



 本人は気にしているが、傷があろうとブリジットは人目を惹く容姿をしている。

 余計に注目されるようになった。



 ブリジットは仮面を着けた。



「ほ、本当は素顔を見られるのが恥ずかしい」



(乙女か)



 二人は滞在先を探す。

 無論、宿にドドは入れない。

 納屋で良いというドドに気を使い、宿を出てしまい、冒険者ギルドに引き返すありさま。


 特別にあてがわれたのは小さな訓練場の資材置き場。



「無計画過ぎる」

「え?」



 人気をはばかり口をつぐんでいたドドはようやく言葉が解禁され、開口一番ブリジットの行動をたしなめた。



「私なりに考えているぞ」

「それは感謝している。だが目立たずを破り、会話を一方的に仕掛け、ここでこうしてまごついているじゃないか」

「細かいな。オークのくせに」

「オークは関係ないだろう」

「わかった。じゃあどうすればいい?」

「おれは檻にでもいれて荷物といて扱えばいい」


 ブリジットが眉間にしわを寄せる。


「そうすれば一人旅と変わらない。これまで通りの感覚で都までつつがなく移動できるだろう」

「それはダメだ。恩人にそんな真似はできない」



 理屈で話すドド。

 感情で動くブリジット。

 両者は対照的な性格をしていた。



「なら勝負をして決めよう」

「勝負……」

「賭けだ。あそこの訓練をしている二人がいるだろう?」


 ドドが指さす。

 訓練場を見下ろすと確かに二人の冒険者が立ち合いをしている。



「どちらが勝つか賭けに勝った方の意見を優先する」

「ほう、いいだろう。望むところだ」




 ◇


「もう一回! もう一回だ!!」

「しつこいな」



 賭けはドドが勝った。

 それも三回連続。


 四回目。



「じゃあ、あの背の低い方」

「ほう、いいのだな? 私はドレ――気力十分な槍の男にしよう」



 ブリジットは自信満々に笑みを浮かべる。



(知り合いかよ)



「ご勝手に」

「……なぜ小さい方なんだ? 魔力も少ないぞ」

「魔力は知らないが、身体が仕上がってる」

「身体?」



 1000を超える実戦でドドには何となく強さの段階が分かるようになった。


 体つき。

 目線。

 姿勢。

 運足。

 間合い。


 雰囲気。


 纏う空気。



 突き詰めていけば曖昧な要素になる。

 ドドはそれを直感的に判断している。



 対するブリジットの判断材料は体格と魔力と種族。


 上背があり、魔力が豊富。その上ドラゴンの血を引くドラゴニュート。


 加えてその実力を知っている。


(ふふふ、ドドはドラゴニュートを知らないらしい。この賭け、私がもらった!)



 結果はドラゴニュートの負け。

 ドドの予想が当たった。



「なぜだー!?」

「観察力が足りないんだろう」

「ドド、あなたに魔力は見えないはず。なぜそんなにまで強いのだ?」


 これまで何千回とされてきた質問。

 しかし、これは意味が違う。

 魔力が無いドドはブリジットより遅く、弱い。

 ドドはブリジットに勝った。


 ドドは勝因を一言にまとめた。


「体の使い方だろうな」



 ブリジットは首を傾げる。



「これでもマリア師匠に剣を教わったんだぞ」



 この世界において冒険者がきちんとした技術を学ぶのは最近になってのこと。マリアが創設した冒険者の訓練校ぐらいのもの。


 武術は存在するが基本的に門外不出。

 それも魔力の使用を前提としたものしか存在しない。

 魔力で解決できることはわざわざ肉体の効率的な動きの追求が成されない。


 例えばモーションを小さくコンパクトにする工夫、鍛錬が無い。なぜなら相手の動きは魔力の流れで読むからだ。小さく早い攻撃をしても読まれる可能性があるうえに威力を損なう。

 ダイナミックな動きで最大威力を狙う。

 モンスターを相手にするがゆえにその傾向が根強い。



「今からお前の顔面を殴る」

「ん?」

「予告したわけだからこれでおれに魔力が無いことは魔力で動きが読めないことと関係が無い」

「ほう、おもしろい。来るとわかっていれば避けるのはたやすい」



 そう言いながらブリジットはねんのため顔面を魔力でガードした。



(魔力が無いドドの動きでも魔力を神経に集中すれば反応できる。事前に来るとわかれば対処ができる)



 そう考えたブリジットだったが、ドドの拳は見えなかった。



 ブリジットの顎が跳ね上がった。



「痛ッ!! ……あ、あれ?」



 膝を着くブリジット。

 膝に力が入らない。


「な、なぜだ?」

「脳震盪だよ。顎を貫く衝撃が脳を揺らす」

「いや、それより、なぜ当たった!?」



 ブリジットの反応速度は通常0.11秒。

 トップアスリート並みだ。

 それを魔力で底上げした。

 その速度、驚異の0.08秒。



 しかし、ドドの放ったジャブがブリジットの顎に到達するまでの時間は0.074秒。

 つまり、気が付いた時には打ち込まれた後なのである。



「魔力が無くても、こんなに早い攻撃ができるのか」

「要点はそこじゃない。おれが今、顔面に行くぞと言って、君は顔に意識を集中しただろう」

「そりゃ、これでも女だからさ」

「普段身体の動きを注視しないから、おれの動きから『顔面に行くぞ』というフェイントに引っかかる」


 ドドの手にはブリジットの剣が掴まれていた。



「ああ!!……でもそれは嘘じゃんか!!」

「ああそうだ。戦いとはそういうものさ」



 ドドもまた、手ごたえを覚えた。



(魔力でガードされても脳震盪は狙える。やはり、魔力の守りは外側のみか)



「とにかく賭けはおれの勝ちだ。おれは貨物として扱ってくれ。その方がおれもいくらか気が収まる」

「わかった。特大の荷馬車を買おう。広々としてくつろげる上質なものがいい」

「そんなもん売ってるのか?」

「大丈夫。金はある」

「いや……」



 売っていなかった。



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