4.英雄の帰還―――カースタッグ
太古の森ラブロン。
その夜は捕食者たちが獲物を喰らい、捕食者たちに喰われる生と死と魔の饗宴。
ここでは弱みのある者は太陽を拝むことは適わない。
例えば武器を失った者、傷を負った者、魔力のない者。
しかし森の奥深く。
切り立った岩場の麓にある一角だけはこの自然法が適応されない。
ラブロンの魔物は知っている。
このテリトリーに住むモンスターには手を出すべきではないことを。
ブリジットは森で唯一の安全圏で、最大の脅威を前にしている。
魔力が枯渇し、剣も手元にない。しかしながらなぜか生きている。
しかも、その脅威は彼女に腕によりをかけて手料理を振舞っていた。
「美味いな」
「君はたくましいな」
ブリジットは食事を口に運び、首を傾げた。
仮面を外したその面貌は恐ろしく整っている。
凛々しい眉、切れ長で大きな目、線のように通った鼻筋。
「オーク式の冗句か? 人間が私を見て抱く感想は美人か器量よしと決まっているんだが」
うぬぼれているわけではない。
頬にある大きな傷跡への自虐。
「そういう意味じゃない。よく化け物が出した食事を躊躇なく食べられるものだ」
「あなたは化け物ではないさ」
「おれの話を信じるのか?」
ドドはブリジットに全てを話した。
この世界に来た経緯。
マリアとの出会い。
「信じる。私は人を見る目はあるんだ……ああ、人ではないか」
「今化け物ではないと認めたばかりだろ」
「あなたは私の命の恩人。ああ、人ではないか」
「おたくわざとやってるのかな?」
カラカラと笑うブリジット。
師の亡骸はすでに埋葬され仇も取った。張り詰めた様々なものがほどけた。おまけに郷里のものと話せたとあれば、鎮魂も叶うというもの。
「ありがとう、ドド。師匠はずっとニホンに帰りたいと言っていた。救いとなったことだろう」
「いや、救われたのはおれの方だ。あの人懐っこい笑顔が、おれをまともでいさせてくれた。返しきれない恩がある」
「案外、義理人情に篤いのだな。あ、人ではなかったか」
「それやめろ」
「悪かった。お詫びにあなたの望みを叶えるために私も協力しよう」
「ん?」
◇
ブリジットはカースタッグ城に帰還した。
捕縛したリオンたちを引き渡した。
「この嘘つきめ!! 」
証拠らしい証拠は無かったが、遊撃手と盗賊職がすぐに自供したため大罪人として拘束された。
元々、手柄の横取りの疑いや同行者の不審死が続いていたため、庇う者はいなかった。
冒険者が勇者を手にかけたことは口外厳禁とされた。
勇者の名誉にも関わるという名目だが、実際は冒険者に対する国民感情を危惧してのことだ。闇の軍勢が攻勢をかけているこの時代に、不和を生むことは得策ではないと、国、ギルド、聖堂で意見は一致した。
したがって、最もセンセーショナルな話題は帰還したブリジットが持ち帰ったものとなった。
「英雄がオークを従魔にするとは」
ブリジットはドドをラブロンの森から連れて帰った。
「魔物を従魔にすること自体珍しいというのに、それがオークとは」
「そもそもラブロンの森にオークなどいなかったはず……」
「いや待て、あれは本当にオークなのか?」
ギルドでは議論になった。
ドドは身体をつくり込んでいたため、通常のオークのような丸みがない。
何より理性的な眼がオークを見慣れている者たちには異様に映った。
「まぁ、弱そうだし問題ないだろう」
とはいえ、大人しくブリジットに従う様子を見て危険性が無いと判断され、冒険者ギルドで正式に認められた。




