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「これは一体どういうことだ」
「ご主人様! エリーザベト様をお風呂に入れました!」
騒ぎを聞きつけてやってきたカイルにエレノアは胸を張る。エレノアの後ろにオニキスの激しく振る尻尾がちらちら見える。
「その手はどうした」
「エリーザベト様に抵抗されましたが大丈夫です!」
「アホか、早く消毒しろ」
「はぁい」
カイルの足元には白さを取り戻したエリーザベト。
「ハニャア……ブニャア」
まるで「疲れた、ほんと酷い目に遭った。なんなのあの女」とでも言いたげに鳴いてエリーザベトはてくてく歩いていく。
「シャアァ!」
カイルには威嚇はしないものの、触らせることもない。
エリーザベトは触ろうとした使用人を威嚇しながら、日当たりのいい場所へ暴れ疲れてふらつきながら向かっていった。
「俺がやるからみんな仕事に戻ってくれ。お前は着替えてから俺の部屋にこい。服が透けてるぞ」
ガーゼを持って走ってきた侍女にそう告げると、しょぼんとするエレノアを一瞥してカイルは不機嫌そうに歩いて行った。
「これだけ引っ掻かれて痛くないのか?」
「?? はい。まったく」
「そうか。スキルのおかげだな」
カイルに傷口を消毒されながらエレノアはケロッとしている。
「ご主人様は消毒が手慣れていますね」
「いつも自分でやってるからな」
「なるほど。あのぅ」
「なんだ」
「私以外にもいっぱい攫われていた人がいたんですけど、あの人たちはどうなったんですか?」
「騎士団に保護されてすでに家に帰されている」
「えっと、その人たちは私みたいに保護しなくて大丈夫なんですか?」
「犯人グループの顔や特徴をほとんど見てないからな。証言は取ったし、住所などもちゃんと把握しているが」
「そうなんですねぇ。あ、あとあの時後ろにいた小さな男の子は? 綺麗な金髪の。あの子どうなりましたか? 貴族っぽい子でした」
「お前、ほんっとに俺のスキルは効いてないんだな」
エレノアは首をかしげる。
「安心しろ。あの子も無事だ。誘拐のことは覚えてない」
記憶操作したからな、とはもちろん言わない。
「そうなんですねぇ」
「お前、その性格もスキルのせいか?」
「へ? スキル、スキルってさっきからどうしたんですか?」
「はぁ。お前、自分のスキルについて何を知ってる」
「え、私ってスキルあるんですか?」
「まずはそこからか」
カイルは脱力感を覚えながら新しいガーゼを取り出す。
「スキルは個人に特有の能力のことだ」
「ふんふん」
消毒を続けながらカイルは簡単に説明を始める。
「だが、人間全員がスキルを持っているわけじゃない。それにスキルの強さも個人で違う」
「はい。ご主人様のスキルは一体……?」
「スキルは個人情報だ。ペラペラ聞くな」
「あ、はい……」
「基本的にスキルは遺伝の要素が大きいと言われている。貴族にスキル持ちが多いのはスキルを持つ者と婚姻を繰り返したからだ」
「はい」
「個人情報ではあるが、仕事によってはスキルを公開した方が有利な場合もある。例えばスキル『精密』だ。細かい作業や正確な作業が得意だからお針子や研究員ではこのスキルを持つ者は好待遇だ」
「なるほど」
「ちゃんと理解してるのか?」
「はい、一応」
相槌が軽いのでカイルは思わず確認する。
「お前のスキルは『鈍感』だ。調べさせた」
「鈍感……調べて分かるものなんですか?」
「あぁ。そうだ。そういう道具がある」
「なのに個人情報なんですか?」
「そうだ。王家だけが把握している」
「へぇー、鈍感。天然ってことですかね」
「お前と喋っていると重要な話なのに気が抜けるな」
「えへへ。よく言われます」
「消毒終わったぞ」
すべての傷口の手当てを終えて、カイルは手を離す。二つ目のスキルのことはまだ言わなかった。きっと混乱するだろうと見越したためだ。
「スキルをどこまで伸ばせるかは個人の資質にかかっている」
「はい」
「だから勉強が必要になるわけだ。正しく知識をつけて正しく使うことだ」
「はい。あ、お三方はあの時スキルを使われていたんですね!」
「誰にも言うなよ」
「あ、はい」
誰かに言ったところでカイルの『記憶操作』によりなかったことにされるのだが。他の誰も覚えていなくてエレノアだけが覚えている。そんな状況は悲しいだろう。
「明日から家令のレオポルドがスキルについて教えてくれる」
「家令さん。あの方ですね」
「あぁ、外には出ずしっかり学べ」
「はい。お屋敷が広すぎて外に出る必要がなさそうです」
「それは良かったな」
分かりにくいが、カイルはほんの少し笑った。