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いつもお読みいただきありがとうございます!

「っ殿下! お願いですから早くしてください!」


 腕を掴んで目を見開いたまま固まったエレノアを見て、カイルは焦ってゲイリーを振り返る。このままではカイルの頭の中にある記憶がエレノアに吸収されてしまう。


 エレノアに施したマーキングはいつまた吸収されるか分からない。だから、ダンカンはフェルマー公爵にスキルを使っていた。そのフェルマー公爵がこの施設に近付いていると聞き、慌ててゲイリーに連れられて移動してきたのだ。


「彼女のスキル暴走はまだ規模が大きすぎる。今、俺が彼女に触って強制的に無効にしたら彼女になんらかの小さくない影響があるよ。大の男二人を巻き込むこのエネルギーだ。カイルが介入しても勢いは全く衰えていない。急にこのエネルギーを断ち切る方が危険だよ」


 ゲイリーはゆったり歩いて、ブラッドリー公爵家の護衛騎士の体に触れる。少しすると痙攣していた騎士の様子は落ち着いた。


「カイルのところの護衛騎士はもう大丈夫だ」

「俺がこれまで見た記憶が今エレノアに流れてます! このままだと!」

「おーい、エレノア嬢」


 ゲイリーはのんびりとエレノアの顔の前で手を振り、額をペシペシ小突く。


「殿下、真面目にやってください!」

「キスでもしたら? ほら、俺がよく読んでいるらしい少女向けの本みたいな」

「はぁ? いやほんと真面目に! 今そんな皮肉を言ってる場合じゃない!」

「彼女はカイルの記憶を吸収してるだけだろ? 吸収しきったら暴走も落ち着くかもしれない」

「でも! そうしたら彼女がフェルマー公爵夫人や公爵の記憶を見てしまう!」

「いつかバレるんだ。見ても信じるかどうかは彼女次第ですってやつ。それに俺たちだってスキル暴走は散々経験してるんだ。一番いいのはショックを与えること。次に気絶させること。頭突きで気絶させるか、キスするかあたりじゃない?」

「こいつは鈍感だからダンカンの一撃でも気絶しないでしょう!」

「じゃあ、キス一択? 記憶を吸い取って頭がショート寸前になったら勝手に気絶するかもね」


 ゲイリーはへらりと笑って、フェルマー公爵のところに向かってしまった。

 スキルの暴走は危険だが、死ぬほどの威力はない。そんなことくらい散々経験した。数回痛い経験をするとスキルの扱いが格段にうまくなる。


「ああもう、くそったれ」


 彼女には申し訳ないが首の後ろに手刀を叩きこんだ。しかし『鈍感』が発動しているのか、一切痛そうな素振りも見せない。

 思いっきり頬を引っ張ってもダメだ。エレノアの目は開いてカイルを見ているようで、見ていない。


 くそ、これは俺が記憶を解析してる時の様子にそっくりだろ。俺なら慣れているが、素人がいきなり何人もの記憶を頭に入れたら廃人になる可能性がある。こいつは鈍感だからならないかもしれないが。


 怪我については心配していない。しかし、このままでは彼女は母親の真実を見てしまうことになるだろう。最初はフェルマー公爵から関係を迫られていても、だんだん公爵に心を傾けていっていた自分の母親を受け入れたいだろうか。


 エレノアは父親に関してだけは最初から拒否感をあらわにしていた。それなのに今更そんなこと知りたくないだろう。

 そもそも、公爵と公爵夫人の記憶を見ただけだから母親が本当にどう思っていたかは分からない。身分ゆえに口では保身のために公爵に「好き」と言っていたかもしれない。それならエレノアの母親が死ぬまで見つからなかったことも納得がいく。エレノアにも父親のことをずっと秘密にして。


 そんな母親の意志までここで無駄にしていいのだろうか。あくまでカイルの推測だが。


「これは事故だからな。緊急事態で当たっただけだから」


 驚くべき強さでカイルの腕を掴んだまま離さないエレノアにため息をついてから、エレノアの顎にカイルは手をかけた。

 記憶が吸収され抜かれていく感じからいくと、まだフェルマー公爵夫人の記憶を見ているだろう。

 エレノアの目からポロッと涙が落ちた。多分、記憶は母親が階段から突き落とされかけたくらいだろう。


「後で文句は……受け付ける」


***


「さて、フェルマー公爵。彼女との接触は禁止したはずだがなぜここにいるのかな。これって何が吸収されてんのかな。生気とか寿命?」


 護衛騎士にやったように体に触れることはしないので、フェルマー公爵はエレノアのスキル暴走に巻き込まれたまま痙攣を続けている。


「公爵のスキルは『予知』だったね。それで代々フェルマー公爵家は栄えてきたわけだ。しかし、公爵のスキルは扱いがとても難しい。『予知』のスキルには自分の願望が混濁して反映されてしまうから自分の思考を完全に抜いて使わなければいけない。でも、不思議だ。スキルが自在に使えていれば、君の愛する人はとっくに見つかっていたはずだけど」


 ゲイリーはつま先でフェルマー公爵の体を蹴った。

 一帯には誰も立ち入らせないようにしているので目撃される危険はない。ゲイリー自身には『無効』のスキルがあるので、エレノアの暴走に巻き込まれることもない。


「つまり、君はスキルを先祖たちのように扱いきれていない。スキルどころか妻でさえ制御できていなかったんだから。あの人体実験をとんでもなくやった夫人の研究結果を、国に完全に差し出すことに免じて公爵家の処罰を軽くしてあげようとしたのに。無駄な慈悲だったね」


 フェルマー公爵の痙攣が止まり、彼の体が地面に崩れ落ちる。

 ゲイリーが振り返ると、カイルが気を失ったエレノアを抱きしめていた。


「うーん、凄いスキルだね。これなら、エレノア嬢の母親にも会いたかったな」


 安全になったことを確認して呼び寄せた部下に指示し、フェルマー公爵を拘束させながらゲイリーはつぶやいた。


「でもカイル。馬鹿正直に唇にする必要ないよね。カイルの方が少女向けの本読みすぎなんじゃないの」

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