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「ピーターが明後日移送ですか?」
「あぁ、かなり回復してきたらしいから。牢に移送だ」
「そうですか……」
「会っておかなくていいか? おそらく最後になるだろう」
食事の席でカイルに問われ、エレノアはすぐに返事ができなかった。食べ終わっても何も言えずに俯いているとカイルが続ける。
「フェルマー公爵夫人が洗脳紛いのことを吹き込んでいたから仕方がない部分もある」
「火までつけなくて良かったはずです。ヒヴァリーさんが死にかけました」
「あれは痕跡を消すのと、現場を混乱させるためだ。あのせいでパーティー参加者がすぐに帰る事態になって道が混んで追跡が遅れた」
エレノアは我慢できなくて口をとがらせ、行儀が悪いが足をぶらぶらさせた。
「後悔しないなら行かなくてもいいが、最後に会ってぶん殴ってもいい。面会時間中は仕事だから俺は行けないが護衛はつける」
「殴っていいなら、行きます」
「相手が怪我人だからって遠慮するなよ。殴るより蹴る方がいいかもな」
エレノアは鈍感であるため、指の骨折の痛みなど一切なかった。骨折したことを忘れて手をうっかり使うので、治りはどんどん遅くなる。調子に乗って刺繍まで練習する。
その様子をレオポルドが伝えてすぐにカイルに使われたのと同じスキル持ちの人間が派遣された。そのため、エレノアの骨折や怪我はかなりの速度で治っている。しかし、完全ではない。
「エレノア、なのか?」
窓に鉄格子が嵌めてある普通ではない施設の個室のベッドにピーターはいた。厳めしい警備兵も扉に立っている。
一瞬どういう意味か分からなかったが、驚いた視線がエレノアの頭に向いていたので髪の色を指しているのだと気付く。
「私の髪色、もともとこれだから」
「染めてるんじゃないのか?」
「紺色の方が染めてたよ。この髪だと目立つからってお母さんがずっと」
「パロマさんが……。なんか、俺ってエレノアのこと何にも知らないんだな。同じ店で働いてたのに」
「ピーターは他のお店もあって忙しかったじゃない。でも、私のこと知ってるなら悪いことも知り合いを危険に晒すのも嫌いって知ってるでしょ」
ピーターが回復しているのは本当のようで、腹部に違和感はありそうだが身を起こしていた。
「言い訳にしかならないけど。エレノアが金持ちの親戚に引き取られたって、帰ったら母さんから聞いたんだ。でも、パロマさんは親戚なんていないって言ってたし……詐欺だろって思って」
「うん」
「エレノアたちが住んでた家に行ってみて、本当にエレノアがいなくなってて。あぁ、詐欺みたいな話はほんとだったんだって思ってたら声をかけられたんだ。エレノアはお貴族様と望まない婚約を押し付けられて不幸だって」
それがフェルマー公爵夫人の手先だったんだろう。
もし逆で、ピーターが急にいなくなっていたら鈍感なエレノアでも「ん?」と違和感を覚えるだろう。というか平民から見たらお貴族様や裕福な人は怖いものだ。エレノアの場合は母がお貴族様の家で働いていたこともある。そこはピーターを責められない。お貴族様やお金持ちは権力で何でもできるんだから。
「だからって騙したり、誘拐したり、放火したりしないで」
「相手はお貴族様だからエレノアを助けるにはこれしか方法がないって言われて……放火は証拠消すのと脅かすだけって聞いてたし……ほんと俺何やってんだろうな、この体たらく。ごめん」
ピーターは泣きそうな表情で俯いた。
彼の方が怪我は酷かったので、エレノアもこれ以上責めないことにした。彼はこれから処罰されるのだ。引っぱたこうと思っていたが、ピーターに近付いて頬を思い切り引っ張った。ピーターは泣きそうになりながらもエレノアにされるがままだ。
そういえば、これと似たようなことをカイルに最近やられた。あれはお仕置きだったのだろうか。こんなに思い切り引っ張ってはなかった。
「いてて。そういえば、あの男と婚約してんの? パーティーで踊ってた。黒髪の鋭いカッコ良さそうな人」
「誘拐犯に狙われないようにお世話になってるだけ」
「そうなんだ。エレノアが楽しそうだったからそうなのかと思った。あれ見てちょっと妬いたのに」
「焼くって何を? トウモロコシ?」
「勝手にトウモロコシは焼いてろって話だな」
ピーターは今度は笑った。泣き笑いだった。
「ハンナおばさんには申し訳なくって会えないから、元気にやってるらしいって言っておいて」
「母さんにはもうすでに殴られたし泣かれた。エレノアちゃんに何やってんだって。謝って許されることじゃないけど本当にごめん」
「ピーターも刺されて勉強になったよね。ヒヴァリーさんを危険に晒したことだけは許してないから」
言いたいことは全部言ってからピーターのいる個室を出た。
引っぱたけなかった。
これまでのピーターはあんなことする人じゃなかったから、目の前にするとどうしても過去が邪魔した。何にも知らない人だったら引っぱたけたし、そもそも会うかどうかも迷わなかったのに。
エレノアが急にいなくなって、正義感を振りかざして公爵夫人に付け込まれた。エレノアの父親かもしれない人とはピーターは全然違うのだ。彼の根底はエレノアを心配してくれていたから引っぱたけなかった。方法はまったくもって褒められたものじゃないけど。
最初に誘拐されて、エレノアの人生は良い方にか悪い方にか分からないけれど転がり始めた。今日は確実に悪い方だった。いくらフェルマー公爵夫人のせいといってもエレノアは知り合いという存在を失った。
施設から出て馬車に向かう。
これまで公爵邸から出ていなかったけど、すっかりお貴族様の生活が身に染みついてしまった。お母さんが生きてた頃は徒歩や乗合馬車が当たり前だったのに。
「……エレノア」
考え事をしながら歩いていると、急に目の前にピンクブロンドの男性が現れて驚きすぎて足を止めた。すぐに公爵家の護衛が庇うように間に入ってくれる。
「話を……できないだろうか」
護衛が困ったようにエレノアを見た。
「どちら様ですか」
パーティーで見た覚えがあるけれど、すぐには頷きたくなかった。
「君のお母さんをよく知っている。私はアルフレッド・フェルマーだ」