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「どうする? フェルマー公爵」
「どうすると言われましても」
カイルは疲れた目を押さえて報告書を読み返しながら、第二王子ゲイリー相手に生返事をした。
「もう記憶の解析はほぼ終わっただろう?」
「そうですね」
「フェルマー公爵の記憶まで見たんだからもう分かってるだろ? 公爵の関与が残念ながら少しもなかったことくらい。しかも『自白』のスキル持ちにやらせて、夫人たちに自白させた。俺からエレノア嬢に真実を告げるのは気が重い。冗談めかして伝えはしたけど取りつく島もない」
「告げる必要もないでしょう。本人も嫌がってるんですし、信じたくないならそれはそれで。今更母親が公爵と恋仲だったなんて言われても困るでしょうし」
「でも、物語では鉄板だろ。苦労してきた女の子が実は公爵家の血を引いていて、夫人の妨害の末に父親である公爵と感動の再会って」
「以前も言いましたが、殿下は少女向けの本を読みすぎでは? これは現実です」
「いやでもさぁ、エレノア嬢のスキル……欲しい」
「部下として勧誘すればいいじゃないですか」
「フェルマー公爵家の娘になれば勧誘しやすいんだけどなぁ。平民だとやっぱり周りから色々言われるから」
ゲイリーはちらちらと何か言いたげにカイルに視線を寄越す。
椅子の背に手を乗せてくるゲイリーの向こうで、ダンカンはこれまでの後処理で疲れた顔だ。解析や尋問ばかりのカイルと違って彼は肉体労働系ばかり任されていた。
「俺のスキルがエレノア嬢に効かないの、ちょっと落ち込みました」
「ダンカンのスキルは吸収されて追えなかっただけだ。あれはかなりの例外」
「鍛錬が足りない……」
「いや、スキル同士の相性もあるから」
ダンカンは途中でエレノアのマーキングが外れたことに落ち込んでいる。婚約者であるヒヴァリーが危険に晒されたこともそうだ。
「エレノア嬢のスキル、貴重なんだよなぁ~。厄介なスキルを吸収してくれれば仕事がさらにしやすくなるんだけど」
「それができるまでにどのくらいかかるかですね。現場向きの人間じゃないと思います」
「いや、全然裏方で。捕まえるのはこっちでするから裏方で。だって、面倒なスキル持ちを釈放したくない」
「『封印』のスキル持ちがいるでしょう。裏方ならそれで間に合っています」
「『封印』は強いスキルだから回数がそれほど使えない。他にも有用なスキル持ちがいるならそれで。だって、カイルの痛みも吸収していたわけだし」
エレノアにベッドに引っ張り込まれた日、そしてエレノアを高貴な人物の落胤と発表した後から。カイルはよく眠れるようになっていた。公爵邸でエレノアと過ごす時間が長かったせいだろう。
あいつは無意識に『鈍感』も『吸収』も使っていたのだ。最近カイルが眠れていないのは他人の記憶をひたすら解析して、あいつにあまり会っていないからだ。頭痛と心労が酷い。
「いいと思うんだけどね。フェルマー公爵の娘になれば結婚も貴族とできるし」
「あいつは貴族として生きていけないでしょう」
「うーん、でもなぁ。惜しいんだよなぁ」
頭痛で目頭やこめかみを押さえる。ここ最近はスキルを使いすぎた。
「そもそも、人身売買を行っていた夫人のいたフェルマー公爵家だってお咎めなしというわけにはいかないでしょう。そんな落ち目の公爵家と縁づいてどうするんですか」
「それでも貴族だから」
「大体、頑張っても探し出せなかった父親に用が今更ありますか? 母親が死んだ後に引き取ると現れたならまだしも」
「カイル、そう怒るなって」
久しぶりに日が沈む前に公爵邸に戻る。出てきたのは、まぶりつくオニキスとなぜか両手を包帯でぐるぐる巻きにされたエレノアだ。
「手をどうした。木登りでもしたのか」
「ロザリンドさんに刺繍を習いました」
エレノアは包帯ぐるぐるの両手を顔の高さまで恭しく掲げる。
「刺繍は向いてないみたいです」
「だろうな」
針を布ではなく指に刺しまくったのだろう。鈍感だから痛がる様子はない。
「私、お野菜関係しかお仕事できません。ジャガイモの皮むきとか」
「なんで刺繍なんてしたんだ」
「え、だって将来はここから出て行って新天地でお仕事を。手に職をつけようと思って。変な人に父親面されるの嫌ですから」
「新天地に行かなくても、ずっといればいいだろ」
「公爵家で雇っていただけますかね? それだと助かりますけど……でもご主人様、最初に会った時に『公爵家の使用人はマナーも教養も一級品だ。君にはとてもじゃないが務まらない。洗濯一つ無理だろう』って言いましたよ。ジャガイモの皮むきならいいですか?」
「そうだったか? というか、なんでそんなこと覚えてるんだ?」
髪を染めるのをやめ、元のピンクブロンドの髪の毛になったエレノアをマジマジと見た。エレノアは首をかしげる。やっぱり、こいつに貴族令嬢は無理だな。
最初はうるさくてスキルの効かない面倒な女だと思っていた。
なのに、なぜずっといればいいだろなどと俺は言っているのか。
彼女の頬に手を伸ばしかけたが、階段の上からジョシュアの視線を感じてすぐに手を引っ込めた。




