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「ご、ご主人様が死んじゃう!」
「勝手に殺すな」
肩の出血を見て取り乱したエレノアは、鼻血の付いたハンカチを傷口に当てようとして思いとどまった。さすがに自分の鼻血が付いているのは良くないだろう。
アワアワと他の物を探してドレスで何か持っているわけもなく、痛そうにしているカイルの肩に結局手を当てた。自分の三本の指が変な方向に曲がっていることに初めて気が付く。
痛みはまったくないが、こうやって目にするととても痛々しい。
「夫人に撃たれたんですか?」
「多分な。変身スキルで夫人になっていた奴らがいたから分かりづらい。あんなスキル持ちが周囲にいたならアリバイ作りも簡単だっただろう」
カイルはエレノアの手を軽く払ってすぐに立ち上がった。
「ご主人様、そんな怪我で動いたら死んじゃいます」
「だから、勝手に殺すな。慣れてるから。それにお前の母親の仇だろ、ここで逃がすわけにはいかない」
乾いた銃声はまだ響いているから夫人はこの周辺にいるのだろう。
「こんなんじゃ死なないし、そこから動くなよ」
カイルはすぐに一階に向かって小走りに駆けだす。エレノアはもう一度呼んだが、カイルは振り向かなかった。
「エレノア様」
すっかり存在を忘れかけていたレオポルドが壁に背中を預けていた。そこまで出血はしていないようだが、スキルを使ったせいだろうか疲労の色が濃い。
「確認したいことがございます。この老体の傷に触れていただけませんか」
「あ、はい」
レオポルドの足と腹にそれぞれ手を置いた。
「分かりました。もう大丈夫です」
「何か分かったんですか?」
「おそらく、あなたの二つ目のスキルの効果でしょう。カイル様も先ほど痛みを感じなさそうに歩いて行かれたのでもしやと思いましたが、私の傷の痛みも今は消えています」
「え、じゃあ癒しのスキルなんですか?」
「いえ、それは違います。それではあの男に攻撃が通ったことが説明できませんからね」
エレノアの落ち込みをよそに、レオポルドはすくっと立ち上がった。
「さて、残りのお話は終わってからにしましょう。スキルを使って疲れていますが、こんな老体でも援護くらいはできるのですよ」
レオポルドはそう言いながら、懐からカイルと同じ武器を取り出した。
「この距離でエレノア様に当たっては困りますから使いませんでした。ナイフの方がどうも慣れていまして、外さないのですよ」
物騒な話を飄々としながらレオポルドは割れた窓から外へ身を乗り出した。エレノアも続いて外を見る。フードを被った夫人が屋敷の外を走っていた。
夫人は振り向きざまに何発か撃っているが、追跡する人に当たった様子はない。カイルがそんな夫人を追って先頭になった。
レオポルドが発砲した。夫人に当たったらしく、彼女はよろける。
カイルがそんな夫人のマントに手を伸ばして捕まえようとして……二人の姿は次の瞬間消えた。
「え?」
「ワフワフ!」
間の抜けたエレノアの声と一緒に、オニキスの鳴き声が聞こえる。
「オニキス様のいらっしゃる落とし穴に落ちたようですね」
「え、打ちどころが悪かったら……」
「おや。今日のエレノア様はカイル様をよく殺そうとしますね、大丈夫ですよ。まぁ、行きましょうか」
落とし穴を覗き込むと、元気に尻尾を振って空気を読まずカイルにまとわりつくオニキスとカイルとそして倒れた夫人がいた。




