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外で大きな音がした。続いて聞き覚えのある犬の鳴き声も。
「お前、誘拐する時にスキルを使ったの?」
「いいえ」
「ならスキルの痕跡を辿られたわけではないわね。予想より動きが早いわ」
あの犬の鳴き声はもしかして。いや、まさか。
そしてそんなスキルがあるのか……凄い。
私のスキルは『鈍感』らしいが、そういうスキルが良かったなぁなんてこの状況では思ってしまう。でも私のスキルは常時発動している可能性もあるから、それを辿って誰かが来てくれたのだろうか。
「外には何名か待機させています」
「時間稼ぎになるわね。そいつらを抱えて一旦逃げるわ。何かあれば男の方は捨ててちょうだい。重要なのは女の方よ」
フェルマー公爵夫人は男に素早く指示を出すと部屋から出て行こうとする。
男は気を失っているピーターを担いでから、縛られているエレノアも連れて行こうと手を伸ばしてきた。
外から再び犬の鳴き声が聞こえる。エレノアはそれで確信できた。
手足は縛られていて立ち上がったり、叩いたりできないが思い切りエレノアは男の手を避けるように転がった。
「ちっ」
男は舌打ちすると素早く追ってくる。しばらくあちこちに転がって時間を稼いだが、結局ピーターを放り出してエレノアの捕獲を試みた男に捕まって担ぎ上げられた。担ぎ上げられても全身を使って暴れる。
さっきの鳴き声はオニキスだ。公爵邸にいるはずのオニキスがここにいるのなら、それはきっとご主人様もいるということだ。
「何をしているの。大人しくさせるためにならスキルを使いなさい」
男がついてこないのを不審に思ったらしきフェルマー公爵夫人が、フード付きのマントを被ってまた姿を現した。
「片腕くらいなら別になくてもいいわ」
エレノアを担いでいる男の腕の力が強くなった。今度は腕でも折られるのだろうか。引き続き暴れたが、痛みは相変わらずいつまで経っても襲ってこなかった。
「どうしたの。早くして」
夫人の焦ったような声が聞こえる。
「こいつにスキルが効きません」
「っ! じゃあ、男は置いて行くわ。来なさい」
ピーターを放置して、芋虫状態で暴れるエレノアを抱えて男は夫人に続こうとする。
「ぶっ」
男は変な声を出した。エレノアが無理矢理体を捻ると、男の顔に張り付く白いふわふわした塊が見える。これは何かのスキルだろうか、顔面から毛を生やす? いや、動物にでも変身するのだろうか。
男はその白い塊を引っ張った。
「シャアア!」
これまた大変聞き覚えのある唸り声だ。
「え……」
エリーザベトまでなぜここにいるのか。
しかも男が手にしたエリーザベトの尻尾はみるみるうちに水分を失って、そこだけミイラのようになる。エリーザベトはシャアアと喚きながら逆さ吊りにされている。
まさか、これってスキル? それよりもエリーザベトを助けなければ!
外からは乾いた音もするし叫び声もし始めた。窓ガラスが割れる音もどこかでした。
「おや『腐敗』のスキルですか。珍しい」
なんとも不思議な光景だった。
いつの間にか空中に投げられた、男の体に到達しそうになった数本のナイフが瞬く間に腐り落ちる。
しかも、窓ガラスを割って俊敏な動きで男と先に行っている夫人の間に割って入ったのはレオポルドだ。あの家令の物腰柔らかなレオポルドである。
「この老体には少し厳しいですね」
「何を甘いことを。お前だろう。ブラッドリー公爵家の面倒なスキル持ちは」
男はエリーザベトをぽいっと解放した。シャーシャー唸りながらエリーザベトは走って男から距離を取る。
「私のスキルなど大したことはありません。スキルにこの老体がもう追いつかなくてですね」
レオポルドは余裕そうにそんなことを言いながら、引き続きどこから出したのか分からないナイフを男に投げつけている。エレノアが担がれていることなど大して気にしていないようだ。
「ふむ。わずかに触れるだけでも腐るのですねぇ」
「余裕じゃないか。『隠密』のレオポルド」
「そんな若い頃の黒歴史の二つ名を出されると背中がムズムズしますね」
エレノアがいくら陸に打ち上げられた魚のように暴れようが、男には何の障害にもなっていないようだ。レオポルドも何本もナイフやら石やらを目にも止まらない速度で投げているにもかかわらず、それは男の体に当たる瞬間に腐って何のダメージにもならず地面に落ちる。
レオポルドの投げたナイフがエレノアのすれすれに当たる。
「ひゃあっ」
「あ、申し訳」
エレノアもレオポルドもそして男も動きを止めた。全員、一瞬何が起きたのか分からなかった。
さっきまで一切の攻撃を通さなかった男の肩にレオポルドの投げたナイフが刺さっていた。男は信じられないとばかりにエレノアを通り越して刺さったナイフを見ている。