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エレノアは大変暇だった。
動けるのに、起き上がるとお仕着せを着た女性に問答無用でベッドに入れられる。目覚めたらやたら広くて豪華な部屋にいたので驚いた。
「熱があるんですから動いてはいけません!」
「ないです」
「あります!」
「ないです。動けます」
「そんな高熱で動き回ったら倒れますよ!」
そういえば。よく熱が出たことに気付かなくて青果店で仕事して倒れてたな。
お母さんにも心配かけてたし。あ、ハンナおばさん元気かな。出勤しなくて怒ってるだろうな。
「あの、手紙を書かせてください。無断欠勤を謝らないと」
「あなたは犯罪に巻き込まれた被害者なんですから休んでください。青果店には騎士団が事情を説明に行きました」
「なら良かったです!」
ほっとしてふかふかのベッドに横たわる。しかし、暇だ。寝すぎて眠くない。
天井のシミでも数えようとして、シミなどないことに気付く。仕方ない。羊でも数えよう。いや、ここは青果店の店員らしく玉ねぎにしようかな。
いーち、にーい――
エレノアが200ほど羊と玉ねぎを数えた頃、部屋に誰か入ってきた。
「いらっしゃいませ、あ、間違えました」
青果店での癖が出てしまった。
なんだ、いらっしゃいませって。私の部屋でもないのに。平気なつもりでも熱があるせいで頭回っていないのかな。
入ってきた黒髪の男性は渾身のボケにクスリとも笑わず、エレノアの横たわるベッドサイドまでツカツカやって来る。
「君は身寄りがないらしいな」
「いえ、お母さんが……あ、いやえっと……その……」
詰問口調と威圧感にうっかり「お母さんがいます」と言いかけて、口をつぐむ。そうだった、お母さんは死んじゃったんだった。
現実が襲ってきて、声が詰まり涙が出てしまう。
さっきまで私を何とか寝かせようと叱っていたお仕着せの女性がさっと男性と私の間に入って、涙をぬぐってくれる。その手つきはさっきまでの口調が嘘のように優しい。またうっかり涙が出そうだ。
「あ……りがとうございます……」
「いいえ。デリカシーのない男が悪いんですよ」
あれ? なんかキツイこと言ってる?
黒髪の男性は咳払いをした。
「俺はカイル・ブラッドリー。ブラッドリー公爵家の次男だ。人身売買の目撃者である君を保護のため預かることになった」
「え? あの時全員捕まったのでは?」
「あれは犯罪グループのほんの一部だ」
「そうですか……」
部屋に閉じ込められていた人数は多かった。エレノアが見た男たちはほんの数人だ。数人であれだけ攫うのは無理なのだろう。
「君の体調が良くなり次第、ブラッドリー公爵家に来てもらう」
「えっと、雇うということですか?」
「公爵家の使用人はマナーも教養も一級品だ。君にはとてもじゃないが務まらない。洗濯一つ無理だろう」
「あぅ……その、すみません」
そこまでハッキリ言われると落ち込むどころか、なんと答えたらいいのか分からない。あ、お仕着せの女性がカイルと名乗った男性をすっごい睨んでる。
「君は公爵家で保護される。分かりやすく言えば、君はうちの客人だ」
客人。客人って何するんだろう。
「君には特殊なスキルがあるようだし、うちでいろいろ研究に協力してほしい」
「協力……切り刻まれたりしますか?」
「そんなことはしない。だがスキルを最大限使うためには勉強が必要だ。学校には通ってないか?」
「通ってません」
「じゃあ勉強を頑張ることだ。名目として事件が解決するまで君は俺の婚約者ということになる。未婚の女性をずっと預かるのは外聞が悪いからな。だが別に一緒に出かけるわけでもないし、結婚もしない。勘違いしないように」
「分かりました、ご主人様」
「ご主人様」という言葉に一瞬カイルは動きを止めたが、それ以上何も言わず部屋からさっさと出て行った。
「あの態度はいただけませんね。あの方の言うことは気にしなくて大丈夫ですよ」
お仕着せの女性は、さっきの男性にぷりぷり怒りながらエレノアに毛布をかけてくれる。
嵐のように去っていったが、なんだか怖そうな人だった。余計にお仕着せの女性の優しさが心にしみた。