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「え、ピーター?」
振り返って立っていたのは、給仕の恰好をしたピーター。勤めていた青果店のハンナおばさんの息子だ。
「どうしてここに?」
ピーターが駆け寄って来る。髪を後ろに撫でつけて制服を着ているから目が慣れないが、確かにピーターだ。
「エレノアこそ! 俺が伯父さんのとこ行ってる間に親戚が迎えに来たって聞いたから驚いた」
「まぁ、えへへ」
ご主人様がそんなことを言っていた気がする。詳細を忘れたので笑ってごまかす。
「しかも髪の色どうしたんだ? 染めてるのか?」
「うん。今日は目立たない方がいいから」
なぜかピーターは顔を顰めて苦しそうな表情をした。
「そうやって好き勝手されてんのか」
「え、何?」
ピーターの言葉は小さすぎて聞き取れなかった。何かモゴモゴ言っていたが、ピーターはやがてエレノアを見ると決意したように切り出した。
「とりあえず、話したいことがあるんだ」
「あ、でもヒヴァリーさんがいなくって」
「暗めの赤毛の人だろ? 事情を話して先にあの部屋に入ってもらったんだ」
「あぁ、だからヒヴァリーさんいなかったんだ」
「エレノアがこんなお城でそんな綺麗なカッコしてるなんてびびった」
「私もびびってるよ~」
ドレスのふんわりしたスカート部分を持ってピラピラさせる。
「よく似合ってる」
「それなら良かった。その辺の壁にかかってる方がドレスにはいいとか言われたらどうしようかと思っちゃった」
「いや、その……ほんとに綺麗だ」
「ありがとー」
エレノアの中ではピーターは「知り合い」である。悲しいことに。
だからホイホイついて行ってしまった。
「ピーターはお仕事は? いいの?」
「給仕の仕事は大体終わったんだ。だから今は休憩。ここで休んでていいんだって」
「へぇ。ねぇ何でお城で働いてるの?」
「知り合いが急病になったからって急遽頼まれたんだよ。ちょうど伯父さんの関係で王都に来ててさ」
ピーターに扉を開けてもらって部屋に入る。エレノアは悲しいことに知らなかった。城のパーティーの給仕がそんなノリで代われるわけがないことに。
「んんん!」
くぐもった声が聞こえて振り返る。
「え、ヒヴァリーさん?」
扉の横でヒヴァリーが手足を縛られ猿轡をされていた。縛られながらも必死にエレノアに何か言おうとしている。ぽかんとしていると、後ろから羽交い絞めにされて布を口に当てられる。この力と体格は男性だろう。
薬品のような臭いが鼻にツンとくるが、エレノアは異常事態だと慌てて抵抗する。
ピーターは?
そう思って抵抗しながら周囲を見ると、ピーターはエレノアの様子を固唾をのんで見守っているではないか。
「ちっ」
エレノアになかなか薬が効かないからだろう。エレノアは靴のヒールで何度も後ろの男性の脛周辺を蹴り、腹に肘鉄を何度もくらわしていたので舌打ちされた。
今度は地面に押さえつけられて腕を縛られる。
「誰か! 誰か来て! ヒヴァリーさんが! 助けて!」
「ごめん、エレノア。静かにして」
「ピーター! ふがっ!」
口に当てられた布が外れたので叫んだが、ピーターが再度布を押し当ててくる。
「薬が効かないから口を塞げ」
「エレノアにあんまり手荒なことはしないって」
「いいからやれ」
足も縛りながら男性は低い声でピーターに指示している。ふがふが言っていたエレノアは猿轡まで噛まされてしまった。床に横たわったまま手足を縛られて何とか動こうとしているエレノアにピーターがかがんで囁く。
「ごめんな、エレノア。ちょっと我慢してくれ。殺されることはないから」
男性は部屋に何かを撒いている。臭い液体だ。油だろうか?
撒き終わると男性はピーターに窓を開けるように指示している。
エレノアは頑張って暴れながらヒヴァリーを見た。彼女も何とか抜け出そうとモゾモゾ動いている。そんな彼女にピーターが震えながら近づいて、花瓶で殴りつけた。ヒヴァリーの動きが気絶したせいで止まる。そしてピーターは懐からマッチを取り出していた。
「んん!」
何が起こるのか。さすがのエレノアでも分かったので思い切り暴れたが何の意味もなかった。大きな袋の中に無理矢理入れられてヒヴァリーや部屋の様子が分からなくなる。
最後に見えたのは擦ったマッチを床に落としたピーターだった。
全力で暴れてはいるものの、浮遊感とともにエレノアはどこかへ連れて行かれているのを感じた。