35
いつもお読みいただきありがとうございます!
「今日のご主人様は一段とかっこいいですねぇ。やっぱり服ですか? それともあのシャンデリアが特別なんですか?」
「……ご主人様と呼ぶのはやめろ」
「では、ブラッドリー様ですか?」
「それだと兄と被る。名前で呼べ」
「カイル様は今日は一段とかっこいいですねぇ。これがパーティー効果ですか?」
「全部言い直さなくていい」
喋りながら普通に踊るエレノアとカイル。
ほとんどダンスの相手を務めてくれたのはレオポルド、次に男性パートを完璧にやってのけるロザリンド。カイルとエレノアが踊ったのは確認程度で数回だ。その割にはうまくできている、はず。足は踏んでいない。
「首や顔は動かさず、視線だけで自然に見ろ。今から立ち位置を入れ替える。壁際のピンクブロンドがフェルマー公爵だ」
「えぇ……見なきゃいけませんか?」
「相手が分からなければ警戒しようがないだろ」
「はぁい」
くるりと立ち位置を入れ替えられる。そこから見える壁際のピンクブロンドの男性は一人しかいない。
「いいか?」
「私、あの人が万が一に父親でも似てないですよね?」
「全く似ていないから安心しろ」
「良かったです。似てるって言われたらご主人様のこと叩いてました」
「だから、ご主人様はやめろ。俺が変な好みを持ってると思われるだろ」
「カイル様はお野菜はほとんど食べますけど、マメは嫌いってことですか」
「そういう意味じゃない。おい、次は回転させるからもう一度視線だけ自然に動かせ。五人で固まっている集団。あれが例の件に関わっているとされるアバネシー侯爵とその子分だ」
耳元でそう言われた後で、手を高くあげられてエレノアは一回転する。
近くで踊っているカップルの女性の方がやたらこちらを見てくるのが気になるが、言われた通りアバネシー侯爵を確認した。
「あの辺の奴らには気をつけろ。ダンスの後はクラリッサたちと一緒にいてくれ。食事をしていればダンスに誘われることもない」
「はい!」
「本当に返事だけは元気がいいな。俺は関係者の記憶をのぞいたら帰ってくる」
ダンスが終わると食べ物が置いてあるテーブルのところにエレノアを連れて行き、頭をぽんぽん叩いてから足早にどこかへ行ってしまった。
気付くとクラリッサとヒヴァリーがエレノアの両脇を固めていた。ヒヴァリーは今日初めて紹介されたが、第二王子の部下で筋肉でごついダンカンという人物の婚約者だそうだ。クラリッサは人形のような近寄りがたい美しさだが、ヒヴァリーは暗めの赤毛で明るく可愛い雰囲気だ。
「カイルと仲がいいのね」
クラリッサの声は少し面白がっている。
「そうですか?」
「そうよ、あんなに愛想のいいカイルは初めて見たわ。飲みかけのグラスをあなたのものと交換していたし、ダンス中に何度も囁いていたものね」
「いつもクールなカイル様狙いのご令嬢は多いですから今日の光景は衝撃でしょう。ほら、あの集団なんて睨んできてますよ」
ヒヴァリーもクスクス笑いながら、まごついているエレノアの皿にどんどん食べ物を入れてくれる。なんていい人なのだろうか。
ワインが飲めなかったから交換してくれただけで、ダンス中は要注意人物を知らされていただけなのだが。
「頭ぽんぽんって憧れます。ダンカンは力強いので怖いですけど」
「そうね、私は髪型が崩れるからちょっと遠慮したいわ」
「エレノア様、これ美味しいんですよ。鴨肉です」
「城のパーティーはデザートだって美味しいわ。メインばかりではなくてデザートも食べてね」
エレノアはひたすら食べているだけなのだが、クラリッサとヒヴァリーは楽しそうだ。
「見てください、あの集団。さっきからこっちを見てますが、クラリッサ様がいらっしゃるから嫌味を言いに来れないんですよ」
「そもそもカイルの婚約者でも何でもない人が婚約者に何を言うのかしらね」
「ほんとですよ。でも『ふさわしくない』とか『マナーが』って言いに来るんじゃないですか? 一人じゃ言いに来る勇気もないくせに」
「ヒヴァリーも苦労しているのね」
ヒヴァリーが笑って小さく示す方向を見ると、五人ほどの令嬢の塊が確かにエレノアたちの方を見ている。
私よりもご主人様を見た方がいいのに。ご主人様はクールなのではなくいつも疲れて怒っている表情で、今日も大して表情は変わらないがシャンデリアと服とパーティーの雰囲気で数段カッコよく見える。
いや、最近は目の下の隈が薄くなっているからよりカッコいいはずだ。隈がない分、視線が綺麗な目に行く。ご主人様のグリーンの目はつやつやのレタスみたいに綺麗だ。んー、いやレタスよりも濃いグリーンだ。
ぜひ私よりもご主人様を見て欲しい。レオポルドだってロザリンドだってそう言うはず。
そんな気持ちをこめてエレノアは集団に対してまたへらりと笑っておいた。
「大物だわ」
「すみません。お手洗いに行きたいです」
「クラリッサ様、私がついて行きます」
「お願い。そろそろ殿下と挨拶しないといけない方がいるの」
クラリッサと離れてヒヴァリーとお手洗いに行く。
「すみません、べったりいてもらって」
「今日はあなたを危険に晒すことがないようにしないといけないもの。ダンカンはあまり踊るの好きじゃないからつまらなくって。あなたといていいなら私も助かるわ」
「そうなんですか?」
「そうなのよ、あの図体で俊敏に動くんだけどダンスは苦手で好きじゃないみたい。婚約者と踊らないなら他の人と踊るのも、ね。いつも壁際で喋ってるんだけど今日はクラリッサ様もあなたもいて楽しいわ。だから気にしないでね」
ヒヴァリーは「私も行くから、先に出たら廊下じゃなくて中で待っておいてね」と暗めの赤毛を揺らしてお手洗いに入った。
ドレスでややもたついたものの、そこまでヒヴァリーを待たせていないだろうと個室から出た。
「あれ?」
てっきりヒヴァリーはもうエレノアを待っているとばかり思っていたが、他の個室に誰かいる様子もない。
「ヒヴァリー様?」
お手洗いの全部の個室を確認したが誰もいなかった。廊下だろうかと出るが誰もいない。彼女は何らかの事情で一人で会場に戻ってしまったのだろうか。
「エレノア!」
どうしようかとのほほんと考えていると後ろから声がかかった。