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城でのパーティー当日。
エレノアは訳が分かっていないまま風呂に入れられ、マッサージされ冷たい何かを塗りたくられ着替えさせられてもみくちゃにされた。
そして、ご主人様とジョシュアからは耳にたこができるほど注意事項を繰り返される。
「いいか。絶対に知り合い以外から渡された飲み物・食べ物に手と口を付けるな」
「はいっ!」
「絶対に知り合い以外についていくな」
「はいっ!」
「エレノアちゃん、元気がいいね。俺たちも一人にしないようにするからさ」
「あとは……困っている人がいても助けるな」
「え、そうなんですか」
「そういう詐欺みたいな手口もあるからね。ところで、カイルはエレノアちゃんのドレスについて何も言わないの?」
「あぁ、時間がなかったからドレスの選択肢がなくて悪かった」
「そうじゃなくってさぁ~。なんかこうもうちょっとさぁ、ないの?」
「早めに準備してもらえてドレスでお手洗い行く練習できたので良かったです!」
「エレノアちゃん、乙女はそんなこと言っちゃダメ」
「いえ、ほんとに死活問題なので。お貴族様って大変ですね」
エレノアが濃いグリーンのドレスをペロンと持ち上げると、ジョシュアが慌てて隠す。
「足見せたらダメ! これは大変だ」
「とりあえず一人にさえならなければいい。喋る必要もなく食事をしていればいい」
「お城のご飯ってきっと美味しいですよね? ここのゼフさんには負けるかもしれませんけど」
久しぶりに公爵邸から外に出るのでエレノアは馬車の窓に張り付き、過ぎゆく景色を眺めていた。
「髪の毛はまた染めたんだ?」
「あぁ、特徴的なピンクブロンドだというだけで縁者だと詐称する家が湧くから。うちとつながりを持ちたい野次馬は排除しないと」
「せっかくなんだから金髪とかにしてみたら良かったのに」
「こいつがこの色がいいって言ったんだ」
「へぇ。カイルとお揃いがいいって?」
「黒はあまりいないから見つけやすくていい」
エレノアの髪はカラスのような黒に染まっている。以前使っていたような安物の染料ではないので染まり具合が段違いで感動したものだ。
以前は紺色に染めていたので、金髪なんていう色素の薄い色に染めたら視界に入った時に見慣れなくてびっくりしてしまう。
たくさん馬車の止まっている場所で下りて向かったパーティー会場は目が潰れそうなほど明るく豪華で、エレノアはキョロキョロといろいろな場所に行きたくなるのを頑張って我慢した。
チラチラ視線は感じるものの、ご主人様の隣にいるおかげか誰も話しかけてこない。
「うえーご主人様、これ酸っぱいです」
「ご主人様はやめろ。これはワインと間違えた。苦手なのか、こっちを飲んでろ」
「はぁい」
ご主人様が最初に渡してくれたグラスの中身を飲むと口の中が酸っぱかった。グラスを交換してもらって飲むと甘い味が口に広がる。
「美味しいです」
「良かったな」
肩が出ているドレスなのでスースーして首を思わずすくめたが、年上の人がカイルに声をかけてきたので姿勢を正して決められた挨拶だけをして笑っておく。ご主人様は「婚約者です」とエレノアを紹介して無難に短く会話をまとめた。
「あ、あの人本当に王子様だったんですね」
クラリッサとともにいる赤髪の男性を見てエレノアは小さく声を上げた。
「市井にも姿絵は出回っていただろう」
「王族に興味なくて。会うとも思ってなかったですし」
「それもそうか」
ご主人様と喋っているとなかなかに熱い視線が飛んでくる。なんだろうとその方向を振り返ると、必ずカラフルなドレスのご令嬢たちの塊がいる。ご主人様を熱く見つめているのだろう、喋るよりも笑っておけと言われているのでへらりと笑うとなんだか雰囲気が鋭くなった。
「……スキルのせいか大物だな」
「え、あの塊よりあっちの塊の方が大きかったですよ。ほら、ご主人様のファンクラブですか?」
「そういう意味じゃないし俺はファンクラブなど認めていない」
「レオポルドさんはファンクラブがあるって」
「あれは殿下のだ」
「へぇぇ。でもご主人様の方ばかり見てますよ?」
「……そろそろ踊るぞ。踊ったらあの辺りで食事を」
「ご飯の前にダンスなんですね。お腹空いてちょうどいいです」
「レオポルドのように変なアクロバティックなダンスはしないからな」
「え! 楽しみにしてたのに」
「城のパーティーであんな大道芸やってたまるか」
「大道芸はもっとすごいですよぅ」
レオポルドはかなりお年だと思っていたが、それはとても失礼な考えだった。
彼とのダンスの練習は大きく体を使うのでとても楽しかったのだ。何回転もする動きや、部屋の端から端まで早いステップを踏むのも面白かったのに。
残念に思いながらもご主人様に手を引かれてダンスの集団の中に入った。




