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お茶とお菓子をクラリッサと楽しんでいるとご主人様がガタイのいい男性と一緒に帰って来た。途中まで王子が迎えに行ったらしく距離で見れば大変早いご帰還のようだ。
一番最初に出会った時、つまりエレノアが攫われた時は人数が多いのと王子のスキルがばれたくないのとで馬車で帰ったらしい。
誘拐紛いに連れてこられたが、帰りはしかめっ面で香ばしい匂いのするご主人様と向い合せに座って馬車で帰る。
「なぜ囮になることを承諾した」
「ダメでしたか?」
「バカか。危険すぎるだろ」
「ご主人様、今日焼肉でもしたんですか? 香ばしい香りがします」
「肉は焼いてない。雑草を焼いた」
「へぇぇ」
ご主人様はぶすっとして窓の外を見ているので、馬車に乗ってからエレノアと視線は合わない。
「父親が誰かなんて私はどうでもいいんですけど……正直死んでても涙も出ないです。これはお母さんのためです」
エレノアを囮にして黒幕をおびき出そうと王子は提案したのだ。ご主人様は「一般人を巻き込むなんて!」と散々反対して騒いだが結局他にいい案もなく、証拠もなかなかでないので王子に押し切られた。エレノアが承諾したのも大きい。
「娘を危険な目にあわせたい母親がどこにいるんだ。考え直せ」
「お母さんがはっきり言ったわけじゃないんですけど。愛し合って私が産まれたわけじゃないんです、お母さんのあの様子だと。だから父親はふさわしい罰を受けて欲しいなってずっと思ってました。今回は大きなチャンスなんです」
やっとご主人様と目が合った。イライラしながらも心配している様子にエレノアは嬉しくなってへへっと笑う。今日初めて会ったばかりのクラリッサも心配して反対してくれた。でも、ご主人様に心配されるのは一等嬉しい。
「お母さんは私を妊娠してすっごく苦労したと思うんです。お屋敷から逃げ出して、身一つで引っ越して頑張って働いて。でも、私のことを大切に育ててくれたので。そんな優しくて素晴らしいお母さんをあんな目に遭わせた人に罰を受けて欲しいって思ったらダメですか? あいつがお母さんに手を出さなければ、別の幸せな人生があったはず。あいつだけのうのうと生きてるのは許せないんです。そのためなら囮くらい怖くない、です」
怖くないと言い切るのは嘘になるが、理由は本当だ。もし父親が人身売買の黒幕なら、どうしてそんな人が普通に生きていてお母さんが死んじゃったんだろう。どうしてそんな人がいるせいでご主人様がこんなに疲れ果てて、そんなご主人様を見てご家族が心配しなくてはいけないのだろう。
エレノアは自分の父親がずっと漠然と嫌いだった。ここにきて輪をかけてハッキリと嫌いになった。
ご主人様はしばらく頬杖をついてこちらを疲れた様子で眺めていた。今日は急に連れてこられたのでクッキーは持っていないが、先ほどお土産に持たされたお菓子がある。
「お菓子食べますか?」
「いらない。どうせすぐ夕食だ」
それもそうだ。今日の晩御飯はなんだろうか。
ご主人様は自分の髪をわしゃわしゃと混ぜた。
「一般人を巻き込むのは俺は反対だ。危険すぎる。だから、お前には明日から護衛を常時つける」
「護衛さんですか」
「公爵家の護衛だ。そしてこれまでと変わらず外には出るな。変な奴にもついて行くな」
「そういえば、囮って何をするんでしょうか?」
「俺が平民を婚約者にしたことはウワサで流してある。そこからさらに新しいウワサを流す。実は平民ではなく高貴な人物の落胤だったと。殿下のあの様子なら珍しいスキル持ちだとか言いふらすんじゃないか」
「それは我ながら無理がありますねぇ」
「顔立ちでは分からなかったが、事実に限りなく近いはずだ。それであいつらがどう出てくるか、だな。動きがなかったら殿下はきっとお前を茶会や夜会などの公の場に出せと言うだろう」
「ご飯は美味しそうですね」
「お前は緊張感というものがない。誘拐されるかもしれない。危ない目に遭うかもしれないんだぞ」
「誘拐ならすでに一回されましたし、今日の王子様も限りなく誘拐に近かったです」
ご主人様は呆れたようなため息をついた。彼が動くたびに焦げたような臭いもする。
「お前は身を守る術も持っていないし、以前も今回も易々と誘拐された。スキルもうまく使えない。俺のスキルが効いていてくれれば、お前はこんなことにならずに済んだのにな」
ご主人様の言うことは事実だ。普通の貴族のご令嬢よりは腕力と脚力があるだけ。二つスキルを持っていたって満足に使えない。
「しかし、殿下が決めてしまったことだ。これ以上行方不明者を出すのも嫌なんだろう。こっちも敵も必死だ。公の場に出ないでいい間はスキルの勉強に専念しろ」
「はい」
沈みかける太陽がご主人様の顔を照らしている。
眩しくてエレノアはちょっとだけ目を細めた。そういえば、ご主人様は王子やクラリッサたちと幼馴染らしい。あの関係も眩しかった。ご主人様は機嫌が悪く、王子に抗議していたけれどエレノアの人生にはない眩しさだった。