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「カイル様がご不在の時に連れ出すような真似を失礼しました。本当であればもっと後でお会いする予定だったのですが少々状況が変わりまして」
目の前の銀髪美女、クラリッサは優雅な手つきで紅茶を注いでくれる。
「あなたがここに無理矢理連れてこられたのは殿下のスキルです」
どうしよう、目の前の人が美しすぎる。青果店では絶対にお目にかかれないレベルだ。
公爵夫人もお綺麗だったが、目の前の人は完璧な喋るお人形だ。エレノアはうっかり何でも信じてしまいそうな感覚に陥った。多分、差し出された紅茶を「これは野菜ジュースよ」と言われても信じるだろう。訳が分からないが、美人の破壊力はすごい。
「殿下は二つのスキル持ちで、触っている相手のスキルを一時的に消す『無効』と、距離は限られるものの行ったことのある場所には瞬間的に移動できる『瞬間移動』をお持ちです」
「あ、はい」
個人情報満載の気がするが……そういえば移動する前にあの王子に腕をつかまれた。あれはエレノアのスキルを無効にするためだったのか。
クラリッサはエレノアに紅茶を差し出して、お菓子まで取り分けてくれてからこめかみに手を当てた。顔を顰めているので調子が悪いのだろうか。心配だが、お腹が空いているのでお菓子はしっかりといただく。
「あなたが攫われた件があったでしょう?」
「はい」
「実はああいった誘拐事件がいろいろな場所で多発していて、やっと騎士団と殿下たちが踏み込めたのがあなたが誘拐された時だったの」
「じゃあ、以前から相当起こってたってことですか?」
「最初はもっと控えめでした。孤児院の子供を他国に売っていたけれど、段々と規模が大きくなっていった様ね。誘拐して他国に売る形になりました」
「ということは……私より前の人達は外国に売られたってことですか?」
「その通りよ。そして一度阻止しました。ところが、エレノア様が攫われた事件で摘発できたのはほんの一部。しかも黒幕である貴族の関与の証拠も出ませんでした」
大掛かりな人身売買だから、貴族がバックにいるのだろうか。
エレノアは自分が外国に売られていたかもしれないという恐怖で体が少し震えた。
「大掛かりに摘発したのでしばらく大人しくしていると思っていたのですが、また行方不明者が増え始めて……これは解決を急がなければいけないと」
「えっと、それと私と何の関係があるんでしょうか。私、黒幕の顔なんて見てませんし……」
「そうですね」
クラリッサは額を押さえて顔を顰めた。顔を顰めても美しさは損なわれない。
「人身売買にはとある侯爵家や公爵家が関与していると睨んでいます。とある公爵家というのがあなたのお母様が働いていたところなのです」
「え……お母さんが……」
「あなたのお母様が亡くなった後、家やあなたの周辺を嗅ぎまわっている様子がありました。犯人は分かりませんが、もし公爵家とあなたにつながりがあるなら」
「つながりなんてありません」
エレノアはお腹がやや満たされたものの、ムッとした。つながりがあるなんて表現されたくない。母の様子から母と父が愛し合って自分ができたわけではないと何となく勘づいている。
「無神経だったわ、ごめんなさい……公爵家とあなたに、意図しないつながりがあるのなら、そちらから証拠を掴もうとしているの。だから、嫌かもしれないけど公爵家の誰かに似ていないか私が見てみる必要があった。血縁を調べるスキルは現時点で存在しないから」
エレノアは父親のことを持ち出されて胸のあたりがまだムカムカしていたが、クラリッサが丁寧な対応をしてくれたので表情は普通に戻した。
「それってクラリッサ様ではなく、殿下が説明しなければいけない話ですよね」
「彼のあの様子では話を飛ばしてしまうわ。王族だから協力するのが当然という態度を取られたら嫌じゃない?」
「……それは分かりますけど……ただ、殿下たちは私が誘拐された時に現場にいらっしゃってました。普通なんですか? 現場にああいう高貴な方々が来るのって。ご主人様だってよく仕事で帰ってくるの遅いですし……焦げ臭い匂いがしたり、汚れて帰ってきたりすることもあります」
「それは殿下たちのお役目だからです。代々決められています。第二王子、ブラッドリー公爵家の次男、そしてもう一人はそういうスキルを受け継いでお役目につくのです」
エレノアは高貴なる人々は現場に出てこないものだとばかり思っていた。安全なところでふんぞり返っているか、最後の最後に出てきていいとこ全部持っていくか。
でも、出会いはイマイチだったとはいえ騎士団よりも早く人攫いに追いついてエレノアを助けてくれたのは彼らだった。
それにしてもエレノアの頭に何かが引っかかる。何だろうか。情報量が多くて何が引っかかっているのか分からない。
「私はその……黒幕候補の公爵に似ているんですか?」
「顔立ちはお母様に似ていらっしゃるので自信がありません。遺伝しないと言われるほくろの位置は一致していますけど」
「そういえば、スキルは遺伝するんですよね? じゃあスキルでたどれば分かるんじゃないんですか?」
エレノアの言葉にクラリッサは困ったように微笑んで、またすぐに頭を押さえた。