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「急に悪いね。公爵夫人」
「殿下。カイルは仕事でございますが……」
「分かっているよ。カイルには現場に行ってもらっているんだ。用事があるのはそちらのお嬢さんだ」
庭にやってきたのは長い赤い髪を後ろで縛った男性だった。歩くたびに髪も後ろでぴょこぴょこ揺れている。
「イスをお持ちしますのでこちらにどうぞ」
公爵夫人はさっと立ち上がって男性に席を譲ろうとする。エレノアはぼんやりしていたが、慌てて公爵夫人に合わせて立ち上がった。
「悪いんだが公爵夫人。彼女には王宮に来てもらうよ」
「王宮に……ですがカイルは不在ですから……」
「緊急の用事でね」
赤髪の男性は緊急といいながら面白そうで余裕がある。
エレノアは声に聞き覚えがあった。誘拐された時に急に現れた三人組の一人。一番偉そうだった人。
「というわけで、ご歓談中申し訳ないが彼女を連れて行ってもいいかな?」
「緊急の用事なのでしたら」
公爵夫人は頷き、赤髪の殿下と呼ばれた男性はエレノアに近付いてきた。
「じゃあ、エレノア嬢。行こうか」
差し出された手を怪訝そうにエレノアは見つめる。
「えっと、どちら様ですか?」
視界の中で公爵夫人はピシリと固まった。
「第二王子殿下です」
後ろからレオポルドが教えてくれる。
「本当ですか? 本当に王子様なんですか?」
公爵夫人は驚きすぎてまだ動かないので、レオポルドがまた答える。
「本当でございます」
平民を舐めないで欲しい。「この方が第二王子です」と言われて「あっそうなんですね! お城に行きます」なんてならない。どこのおとぎ話だ。
だって王子様に会ったことなどないのだ。エレノアは興味がなかったため、市井に出回る姿絵も見たことがない。
正直、ジョシュアの方がおとぎ話の王子に近い。今目の前にいる王子?は、エレノアを見てニヤニヤ笑っていて……なんだか遊んでいそうでチャラチャラしている。
「ご主人様に屋敷の外には出るなと言われていますから、王子様でも王子様じゃなくても行きませんよ?」
エレノアの言葉に目の前の王子は吹き出した。
「カイルには言っておくからいいのよ。殿下の言葉に従って」
「ですが、これを決めたのはご主人様ですから。ご主人様との約束です」
公爵夫人の言葉にも頑として首を縦に振らない。
公爵夫人には同じお家に住まわせてもらっているが、言葉を交わしたのは今日が初めてだ。しかもあまり会話になっていない。
王子に至っては、多分あの時のあの人だろうが……フードをかぶっていない状態では本日初対面。
誰を信用するか。この場にいないご主人様一択である。
「う~ん。穏便に連れて行こうと思っていたんだけど。結構頑固だね? 仕方がない。じゃあ公爵夫人、失礼するよ。レオポルドも。公爵邸をやめたくなったらいつでも城で雇うよ」
王子は差し出していた手を下ろした。帰るのかとほっとしたところで、腕を掴まれた。
「なっ!」
急に腕を掴まれたのでよろける。王子の手を振り払ってテーブルに手をつこうとしたが、チャラチャラしている王子の力は意外と強かった。
「わわっ」
今度は王子に引っ張られたわけでもないのに、体全体が上に引っ張られる感覚がある。地面の感覚もない。
気付いた時には腕を掴まれたまま、エレノアは全く知らない部屋にいた。
高そうな絨毯にカーテン。壁には大きな肖像画。
ここはどこですか?
「殿下、まさか何も説明せずに無理矢理連れてきたのですか?」
振り返ると、銀髪の綺麗な女性が紅茶のカップを持ったまま咎めるようにこちらを見ていた。