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最近になって授業中にレオポルドが「失礼」と抜けることが多くなった。
今日も使用人が困った顔で入ってきてレオポルドに耳打ちする。レオポルドはエレノアに断ってから出て行くと、ロザリンドが入れ替わりになるように部屋に入ってくるのだ。
「最近、何かあるんでしょうか?」
「はい。虫が湧くようになりまして」
「え、虫?」
「はい」
ロザリンドはイイ笑顔で答える。
「公爵家にも虫が出るんですね」
「はい。金食い虫やお邪魔虫などいろいろ出ますよ?」
「金食い虫って何ですか?」
「まず、貴族のルールとしてですね。他の家に訪問する際は先触れが必須です」
「あなたのおうちに行きたいんですけど、いいですかってやつですか?」
「はい、その通りです。そして許可が出たら訪問となります。先触れがなかったり、許可をとっていなかったりするのに訪問するのはマナー違反となります」
「ふむふむ」
「緊急時などはもちろん違いますが。そういう方がいらっしゃるのですよ。借金のお申し込みですとか」
「へぇぇ」
エレノアはお貴族様の中にもお金がない人がいるんだと意外だった。
「あの、じゃあお貴族様はお隣の家に作りすぎたからって食べ物のおすそ分けにはいかないんですかね?」
「行かないですね」
「野菜やお菓子のおすそ分けも?」
「ないですね」
エレノアが母と住んでいた頃はよくそんなことがあったが、お貴族様の文化にはそれはないらしい。ふとエレノアは思いついた。
「あのぅ、ちょっと聞きたいんですけど……」
そのあとレオポルドが何食わぬ顔で戻ってきて授業が再開された。
その日の真夜中にさしかかる頃、カイルが帰宅した。レオポルドからカイルが婚約したと聞いて押しかけてくる令嬢が出てきたと報告を受けている。
基本どうでもいいのだが、気になる家の名前もあったので利用できるかと思いなおす。
こちらに関しては兄や父母が不在でもレオポルドとロザリンドがうまくやっているから、まずは殿下に報告して……。
「ご主人様! おかえりなさい!」
「ワッフワフ!」
オニキスがカイルの帰りを待っているのはいつものことだ。しかし、こいつまで起きて待っているとはどういうことだ?
エレノアはカイルの前までくると、ぴしっと立ち止まる。
「なぜ起きている?」
「はい?」
「なぜ、こんな時間なのに起きているのかと聞いている」
「オニキスがご主人様の帰宅を待っていると聞いて! 同じペットなら負けていられません」
「どこから突っ込めばいいのか分からない」
オニキスの頭を撫でながらカイルはため息をついた。なんでこいつ、真夜中なのにこんなに元気なんだ。朝と同じテンションだぞ?
「早く寝ろ」
「はぁい。あ、ご主人様はよく眠れていますか? 今日はちょっと顔がお疲れ気味です。シワが多いですよ」
「真夜中だからな」
「お兄様も心配されてました」
カイルはその言葉に一瞬、足を止める。
「ご主人様?」
「いや、なんでもない。早く寝ろ」
「はい! お疲れ様です! あ、おやつに出たクッキー数枚取ってあるんですよ! ご主人様にあげます!」
「いらん」
「え、疲れた時には甘いものですよ」
エレノアにクッキーを押し付けられる。
別にこのくらいは頼めばすぐに出てくるのだが。
「じゃあ、おやすみなさい!」
パタパタとエレノアとオニキスは走っていく。
「おい、廊下を走るな」
カイルの言葉はエレノアの背中に届いてはいるが、聞いてはいない。
「まったく」
「お元気なことです」
するっと暗闇から現れたのはレオポルドだ。カイルの持っていた上着を流れるような動作で受け取る。
「次からは止めろ。迷惑だ」
「お止めしたのですが、おかえりとおやすみは言いたいそうですよ?」
「なんだ、新婚ごっこか?」
「それはそれで微笑ましいですね。エレノア様はカイル様の仕事現場を目撃していらっしゃいますし無理にはお止めしませんでしたが」
「どうせすぐに飽きる」
「そんなことはないかと思いますがね」
レオポルドの意味深な笑みを横目に自分の部屋に向かう。
オニキスとレオポルド、他の使用人以外が自分を迎えるのはいつ以来だろうか。家族もカイルが役目につき始めてから少し距離ができた。それは別にいい、毎晩寝ずに待って居られたらたまったものではない。
「心配ねぇ」
あいつも早く寝ればいいものを。それに毎日食い意地が張っているのに残したクッキーを押し付けてきやがって。
行儀は悪いが歩きながらクッキーを頬張る。
「あの嘘つき女め」
紙に包まれた残り物と言っていたクッキーはまだ温かかった。