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「今日はカイルの戻りが遅いから一緒に晩ご飯を食べない?」
ジョシュアがわざわざエレノアの部屋までやってきた。
「ご主人様は真夜中ご帰宅コースですか?」
「おそらくね。この時間に帰ってこれないならそうだよ」
「ううーん、でもご主人様が一人寂しくご飯を食べるのに私だけお兄様とお食事するのはちょっと」
「ぶぶっ。カイルは一人寂しくご飯なんて思ってないから大丈夫だ。部下と食べてるはずだ」
「あ、それもそうですね。部下さんいますよね」
「じゃあ下に降りて来てね」
しれっとジョシュアに押し切られていることにエレノアは気付かない。
ダイニングでジョシュアと食事をすることになった。使用人はジョシュアが下がらせているので、だだっ広いダイニングと大きなテーブルに二人だけである。
「ああ、今はスキルの初級の本を読んでいるんだね」
「はい、レオポルドさんが置いて行ってくれたので」
晩ご飯も相変わらず美味しい。ニコニコしながら食べていると、目の前のジョシュアもニコニコしていた。
「君はなんでも美味しそうに食べるね」
「はい! だって美味しいですから!」
カイルと違ってジョシュアは人当たりがいい。ナイフにもたつきながら食事をして美味しいと連呼するエレノアを微笑ましそうに見ている。
「君くらい明るい子と食事をするのはカイルにとっていいのかもしれないな」
「はい?」
「いや、カイルは裏の仕事をしてるからさ……仕事が始まるまでは俺たちはいつも一緒だったんだ。でもいつの間にか一緒にテーブルにつくこともなくなって」
「お貴族様はそれが普通なんですよね?」
蒸したカブにかぶりつきながらエレノアは質問する。このカブも甘い。
「こんなに一緒に食事をしない家族は貴族でも珍しいよ。週に一度は家族で晩餐くらいするさ。毎日茶会や夜会があるわけじゃない。仕事だって災害や緊急の案件以外なら調整できるさ」
「へぇぇ」
エレノアはお貴族様を良く知らないので何とも言えない。
「みんなカイルに近づきがたくてね。ブラッドリー公爵家の次男として生まれたってだけであんな役目を……。母なんてカイルが怪我をするんじゃないか、死ぬんじゃないかっていつも気が気じゃないんだよ。父もそうだ。父は不安のあまり仕事に逃げているけどね」
「そうなんですねぇ」
いきなり家庭事情をぶっこまれ、若干困るエレノア。
それにしてもこのカブは美味しい。何と言っても歯を立てたら出る汁の量が凄い。そして何度も言うが、甘い。こんなに甘いカブ、どこで仕入れているのだろうか。ハンナおばさんが聞きつけたら飛んでいくレベルだ。
「実は俺、次男だったんだ」
「??」
カブを堪能していたエレノアはうっかり聞き逃しかけた。
「長男は一歳になる前に亡くなっていてね。兄が死んでいなかったら俺がブラッドリー公爵家の次男だったんだ。カイルは三男のはずだった」
「ほぉぉ」
「今は俺が後継ぎでカイルが次男扱いなんだけど。だからそれもあって余計にカイルには近づきづらくてね。長い時間一緒にいると何を話したらいいか分からない。兄が生きてれば俺がカイルの代わりに役目を果たしていたはずだから」
エレノアが口に運ぶのはカモ肉。公爵邸に来てからやたらお肉を食べるようになったが、美味しい。こんなに柔らかいお肉がこの世の中にあるなんて。ほっぺが落ちるとはこのことだ。
エレノアはカイルとの食事を思い出す。ジョシュアはたくさん喋ってくれるが、あまりに家庭事情をぶっこんでくるのでエレノアとしては反応に困る。
カイルは全然喋らないが、エレノアが一方的に喋っても「うるさい」と言うだけで席を立つことはない。
「カイルは淡々としてるように見えるけど、苦しんでると思うんだ。夜はうなされているし、眠れないみたいだ」
「え、そんなことなかったですけど……」
ニンジンも美味しい。今日は花の形にカットされていてオシャレ。
そんなことを考えながらエレノアは何の気なしに口にして、ジョシュアは固まった。
「え! もしかして……もうそういう仲なのかい?」
「どういう仲ですか?」
「い、一緒に寝る仲?」
「うーん、寝ましたけど~。ご主人様、普通に爆睡してました。うなされてるんですかね?」
「そ、そっか。もうそんな仲なのか」
公爵家の子息だけあってお上品な問いかけしかできないジョシュアは、ここで盛大に誤解した。顔を若干赤らめて「カ、カイルって……」などと言い、その後はすっかり口数が少なくなった。
エレノアはデザートまで綺麗に完食してご満悦だった。