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「シャアアア!」
庭ではすでにエリーザベトが侵入者である子ネコと親ネコに対して敵意むき出しだった。
「キッシャアアア!!」
およそネコとは思えない声を上げ、親子のネコを威嚇している。
オニキスは「え? 何々? 新しい仲間? ねぇねぇ、君たちそうなの?」みたいな嬉しそうな顔をして親子のネコの臭いをかいだり、ぐるぐる周囲を回ったりしている。
使用人たちは何人かがエリーザベトを止めようとしたらしく、すでに負傷者が出ている。つまり、ネコ相手に制御不能。
「あ、エリーザベト様! また泥をつけて!」
エリーザベトは白ネコなので汚れると大変目立つ。走ってきたエレノアはそれを目ざとく見つけた。
「またお風呂に入りましょう!」
エリーザベトを洗うのは自分の役目!とばかりにエレノアは親子のネコをすっかり忘れてエリーザベトにロックオンする。
「シャアア! シャ?」
変な空気を察知し、エリーザベトは威嚇をやめた。そして満面の笑顔で走ってくるエレノアに気付く。
エリーザベトは思い出した。
あの恐怖を。自分の中のヒエラルキーがガッラガッラと壊れたあの瞬間を。
引っ掻いても噛みついても笑いながら自分を容赦なく洗い、何にも自分の思い通りにさせてくれなかったあのへらへらした女を。
「ギャミャアア!」
やっぱりネコらしくない声を上げながら、エリーザベトは逃亡した。自分の庭に侵入してきたあの二匹のことなど忘れて。
これまでエリーザベトはエレノアを完全に避けていた。姿を見たら隠れていた。しかし、ここにきて侵入者を追い出そうとしていたら出会ってしまった。あの笑顔を見たら余計に思い出す、あの日の恐怖。
「エリーザベト様! 待って!」
エレノアは体を動かす方が向いているタイプだ。そのため、エリーザベトを結構なスピードで追いかける。一方のエリーザベトは死に物狂いで逃げている。
「すごいね、ネコと人間の追いかけっこなんて初めて見たよ」
「そうか」
「元気な子だねぇ」
「それは褒めてるのか?」
「もちろん。貴族のご令嬢にあんな元気な子いないからね」
「全員猫被ってるだけだろ」
「あぁ、今まさにネコが三匹いるね、四匹かな?」
「で、何か用なのか」
「やだなぁ、家に帰ってくるのに理由なんかないよ」
カイルの疑いの目がジョシュアに向く。
「カイルが新しいペットを拾ったって言うから見に帰ってきたってのもあるけど。しかも仕事現場を目撃されてスキルが効かないから婚約までするって。兄としてはどんな女性、いやペットか気になるじゃないか」
カイルは顔を顰めて、ジョシュアはへらりと笑う。
「まぁ元気で純朴な女の子だよね。貴族の令嬢ばっかり見てたらああいう子もいいかもしれない」
「そんなんじゃない」
「それにカイルのぶっきらぼうで無愛想な態度にひるまないで話してくれる子は貴重だよ。我が弟ながら酷いよね、人に聞いておいて幼児の日記とか」
「全く答えになってなかったから仕方ないだろ」
カイルはさらに不機嫌な顔になる。
「カイルのそーゆーとこだよ。顔は俺と一緒でイイのに残念なとこ。まぁ仕方ないか。あんな裏側ばっかり見る任務に駆り出されてたら、愛想なんてふりまけないよな」
ジョシュアは物憂げにほんの少し目を伏せ、すぐにカイルに視線を移す。
「そういえば、カイルは気付いた?」
「何を」
「彼女は俺のスキルで空中浮遊しているカップを取って飲んで、しかもソーサーの上に戻した」
「それがどうし……まさかスキルを解除してなかったのか?」
「そう。俺のスキルを解除するまで彼女は紅茶を飲めても、カップをソーサーの上には戻せなかったはず。カップはそのまま空中に浮遊していたはずなんだ。彼女がソーサーに戻した時、俺はスキルの解除をしてなかった。勝手に解除された感覚さえあった」
ジョシュアはテーブルの上で手を組んだ。
「けっこうあの子、できる子かもよ?」
「はーい! つっかまえた!」
庭ではエリーザベトを捕獲したエレノアが歓声を上げている。
「あ、ネコちゃんたちもう大丈夫よ。どこも怪我してなかった? たまに遊びに来る?」
「ミャアミャア」
「ギャアアアアア!」
「ワフワフ!」
この世の終わりのように鳴くエリーザベト。親子のネコは嬉しそうにエレノアの足に体を擦り付けて甘え、オニキスは分かっているのか分かっていないのか嬉し気に跳ね回っている。
「いやぁ、面白い子だねぇ」
「うるさすぎる」
「いいじゃないか。この家がこんなに賑やかなのは久しぶりだよ」




