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「レオポルドがそんなに慌てているのは珍しい」
木から下りる途中でそんな男性の声が聞こえた。聞いたことのない声だ。
「エレノア様! 先に下りてください!」
「あ、はーい」
声の方向を見たかったのだが、レオポルドが焦っているのでスルスルと地面に下り立つ。
イケオジは焦っていてもイケオジ。
「お怪我はありませんか」
「大丈夫です。あ、ネコちゃんは?」
子ネコは親ネコに毛づくろいされてニャアニャア嬉しそうにしている。
「えっと、ネコちゃんが浮いてたのはひょっとして」
「ジョシュア様のスキルでございます」
エレノアの期待を込めた視線をどう勘違いしたのか、正解だというようにレオポルドはあっさり答えた。
「え?」
「やぁ、君がカイルの連れてきた子だね? 木登りがうまいんだね」
キラキラした王子様のような男性がエレノアに近付いてきた。
キラキラと太陽の光を反射する金髪を頭の高い位置で括り、グリーンの瞳はご主人様を彷彿とさせる。
「えっと、王子様ですか?」
「ぶぶっ」
後ろに白馬の幻影でも見えそうな王子様に笑われた。
エレノアは湯気の立つ紅茶の向こうに王子様と向き合っている。
違った。王子様じゃなかった。ご主人様のお兄様であるジョシュア様だ。
「君の話は聞いてたんだけど、なかなか領地から帰ってこれなくてね」
紅茶を飲む優雅な動きはエレノアとは雲泥の差がある。腕を上げて下ろしただけでこんなに人間に差がつくものなのか。しかし、気にしていたら美味しい紅茶は飲めないのでエレノアはもう気にしないことにした。
だって、目の前には焼き立ての香りを放つスコーンまで置いてあるのだ。木登りして子ネコを助けた後のスコーンなるものは絶対に美味に違いない。お昼ご飯の前であっても食べられる自信がある。目の前に王子様がいようとスコーンの味は変わらない。
「間に合ってよかったよ。あの高さなら怪我はしなかったかもしれないけど」
「あのスキルは何ですか?」
さすがに鈍感なエレノアでも子ネコが空中で浮いていたのは自分のスキルだとはもう思っていなかった。
「そのまま空中でカップから手を放してみて」
「え……」
エレノアはちょうど紅茶のカップを持ち上げたところだった。
「大丈夫だよ」
エレノアはそっとカップから指を外す。
「わぁ! カップが浮いてる!」
「これが俺のスキル『空中浮遊』だよ」
「すごい!」
カップはガチャンと落下することなく、紅茶が入ったまま空中にふよふよ浮いている。
カップはしばらく浮いていたが、ジョシュアが指を動かすとゆっくりソーサーの上に戻った。
「すごいです! おとぎ話の魔法みたい!」
「あはは。貴族の中ではそんなにすごいスキルなわけじゃないから。そんなに喜んでもらえると嬉しいね」
「皆さん、もっとすごいスキルをお持ちなんですか?」
「そうだね。上には上がいるよ。俺の場合はレベルの関係もあるかな。俺のレベルじゃあ人間が落下していても助けられない。せいぜい助けられるのはさっきの子ネコくらいかな」
「へぇぇ、でもすごいですね! 良ければもっと見たいです!」
エレノアが請うと、ジョシュアはスプーンやフォークなんかも浮かせてくれる。
「そういえば、君はカイルの仕事の現場を目撃しちゃったんだよね?」
「? そうですね?」
「そうか。災難だったね。それでカイルは」
「何してる」
「あ、ご主人様。今日は早いですね!」
お茶を飲んでいるサロンというお部屋の入口にカイルが立っていた。
エレノアは浮いている紅茶のカップをひょいと掴むと、一口飲んでからソーサーに戻してカイルのもとに向かう。
「今日はもうお仕事終わったんですか?」
「何をしていると聞いている」
「木登りして子ネコちゃんを助けて、王子様が来てお茶を飲んでました」
「なんだ、その幼児の日記みたいな報告は」
いつも通り不機嫌顔のカイル。
「カイル様、わたくしめの責任にございます。報告はのちほど。エレノア様、助けた子ネコと親猫がずっと鳴いているので申し訳ありませんが今一度庭に来ていただけませんか? このままですとエリーザベト様が縄張りを荒らされていると暴れます」
「わっかりました! じゃあちょっと行ってきますね~」
後ろから現れたレオポルドに言われて、エレノアは忙しなく庭へと走っていく。
「元気な子だね。それにしてもカイル、早かったね。まだ昼だ」
「戻ってくるなら知らせてくれ」
そんな兄弟の会話が始まっていた。




