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その頃、エレノアはというと――
木に登っていた。
料理人との話が盛り上がって朝の勉強に遅刻した。
レオポルドに少し笑われながら授業は若干遅れてスタートした。
「授業をする関係上、エレノア様のスキルのお話はカイル様からうかがっております」
「はい」
「最初のうちはスキルを使えば使うほど伸びやすいと言われています。が、スキルを発動させる動作は人によって違います」
「なるほど」
ご主人様は人差し指を突き付けてきたもんなぁ。あれ、かっこつけてるだけかと思ってたけど、スキルを発動させてたのかぁ。
「ロザリンドは手をかざしていましたね? 彼女の姉妹は祈ったり、跪いたりするそうです」
「へぇ、そんなに違うんですね」
「えぇ、ですが恰好だけかもしれません。何の予備動作もなくスキルを発動させる方も多いのです」
「杖振ったりしなくていいんですか?」
「それも素敵ですね。ですが、緊急事態にスキルを使う場合、いちいち杖を振るのは時間がかかりますね?」
「確かに……」
「『頑強』というスキルは肉体労働者に多いスキルですが、重い荷物を持とうとした時に発動させている場合が多いです。荷物を運ぼうとする動作によってスキルが発動しているともいえるでしょう」
「へぇ~、そんなスキルが」
「そうです。そのスキルでは人よりも重い荷物が運べます。しかし無意識に力を使っている場合、そして自分がスキル持ちだと気づいていない場合、単なる『力持ち』で終わる可能性もあります」
「さすがに船を持ち上げたらスキル持ちですよね?」
「その通りです。ですが、スキルのレベルがそこまでなければ他人の二倍重い荷物を運べるだけでスキルだと気づかれない場合もあります」
「へぇぇ。二倍でも十分凄いと思います」
「えぇ、尊敬されるでしょうね」
「スキルって案外身近なのかもしれませんね!」
「えぇ、貴族なら必ずスキル判定を行いますが貴族でない方々にも王都まで来て判定を受けてくれなどとは言えませんからね。スキル持ちだと気づいていない方も多いのではないでしょうか」
野菜の入ったカゴ、重いんだよね。あれが二倍運べたら、時間は半分に短縮できる。
「エレノア様はこういう時にスキルが発動した、という経験はありますか?」
「ありません」
「ふむ」
自信を持ったエレノアの答えにレオポルドは全く動じていない。
「痛みと毒の実験をするのはさすがに……まずいでしょう。エレノア様は恐怖を感じにくいと聞いております。なので、まずどのくらいか見てみましょうか」
「? はい」
前半よく聞き取れなかったけど、何だろう?
公爵邸の裏庭の木の周りにクッションが敷き詰められ、シーツを持った使用人が待機している。
「エレノア様、木登りの経験は?」
「少しあります」
「分かりました。それでは、この木に登っていただけますか? 落ちても大丈夫なように万全の準備はしております」
レオポルドを指差すのは庭の中でも比較的低い木だ。正直、エレノアには物足りない。こんな高さでは恐怖など感じないだろう。
庭では先ほどまでエリーザベトが日向ぼっこをしていたのだが、使用人が出てきたのを見ると「うわ、なんか来た」とばかりにそそくさと他の場所へ移動していた。
オニキスは「みんな集まって何するの?」とばかりに嬉しそうに使用人たちの間を縫って歩いていたが、とある木の前で立ち止まってワンワン吠え始めた。
「あっちの木にしませんか?」
「エレノア様、しかし……」
「あ、あの木の上の方にネコがいますよ? だからオニキス様はあんなに吠えてるんですね!」
エレノアは走ってオニキスのところまで行くと、頭を撫でる。
どうやってあんなところまで登ったのだろうか。子ネコが下りられなくなって枝の上を行ったり来たりしているのが見える。
「エレノア様!」
そして、レオポルドが止めるのも聞かずにさっさと木に足をかけた。
「エレノア様! ネコなら木登りの上手い者に助けさせますから!」
公爵邸に木登り上手い人っているの? あ、護衛さんかな? 運動神経良さそうだし。
「そちらの木は低くてちょっと物足りないので、こっちにします!」
「エレノア様!」
レオポルドは止めようとしたが、エレノアはあっという間にレオポルドの手の届かないところまで器用に足をかけて登ってしまった。
「よし! 待っててね! ネコちゃん!」
「クッションを急いでこちらに移動させてくれ!」
「ワンワン!」
裏庭ではエレノアとオニキス以外、騒然となった。