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「カイル様」
「なんだ?」
夜が更けた頃、カイルが仕事から帰ってくるとレオポルドに呼び止められた。
「エレノア様なのですが」
「何か問題でも起こしたのか」
「問題を起こしたのはうちの使用人です」
「誰だ?」
「ランドリーメイドです」
「何をしたんだ」
「エレノア様の部屋の外にネズミの死体を」
「はぁ。幼稚で気持ち悪い嫌がらせだな」
カイルは本当に嫌そうにガシガシ頭をかく。
「エレノア様がカイル様の婚約者としてやってきたのが面白くなかったようです」
「はぁ。もう拘束してあるんだろうな」
「はい。旦那様の許可もございます。明日鞭打ちの上、ブラッドリー公爵家についての記憶操作を行っていただければ」
「分かった」
カイルは上着を脱ぐ。レオポルドは流れるようにそれを受け取った。
「エレノア様ですが」
「落ち込んでいるのか」
「いえ、全く。嫌がらせとも気付いていませんでした。変わりなくお過ごしです」
「さすがだな」
カイルはなんの感慨もなく話す。カイルはそのくらいの嫌がらせでギャーギャー喚く女が大嫌いだ。
「ネズミを庭に埋めておられました」
「その話にどう反応していいのか分からないが、そうかとだけ言っておく」
カイルは部屋に戻って眠ろうと足を踏み出す。
「カイル様。エレノア様には一つ問題がございます」
「なんだ」
「問題と言えないかもしれません。通常の反応かと思われます」
「どういうことだ? 早く言え」
レオポルドによってエレノアの部屋の前まで案内される。
「ひっく。お母さん……」
中からはうなされているのか、ベッドの中で単に泣いているのか、エレノアのすすり泣く声がする。
「なんなんだ?」
だから何だというのだ、ホームシックか? カイルはレオポルドを見る。
「肉親を亡くしたばかりの若いお嬢様ならこの反応は当然かと」
「でもあいつはスキル『鈍感』を」
「スキルなど、感情に関係あるのですか?」
「何が言いたい」
「平民にも多いスキルですが『頑強』を持つ者は、肉体は頑強です。しかし、精神がスキルのおかげで頑強という例はございません」
静かな廊下にレオポルドの囁きが吸い込まれていく。
「……お前の言いたいことは分かった。俺にどうしろと?」
「一応婚約者様なのですから頭でも撫でてさしあげるか、ついていてあげたら良いのではないですか?」
「レオポルド。とうとうボケたのか?」
カイルは思わずそんなことを口にしてしまう。なんで俺があんな女につかなければいけない? 母親を亡くしたのは不憫だとは思う。誘拐事件に巻き込まれてしまったのも運が悪い。だが、カイルにとってはただそれだけだ。
もっと大変な奴はたくさんいるだろう? そんな感じだ。
「起きていらっしゃるなら弱っていると口が軽くなるものですし、信頼関係は大切では? ロザリンドをたたき起こして付き添わせましょうか? このままですと翌朝にはエレノア様の目が腫れてしまいます」
「いや、ロザリンドを起こせなど言っていない。だが聞き出すにしろ付き添うにしろ、俺も一仕事終えて疲れているんだが」
「さようでございますね。老骨が差し出がましい真似をしました」
レオポルドはカイルの上着を腕にかけて闇に消える。カイルも本当に疲れているので、自分の部屋に向かおうとした。
「お母さん……」
「ちっ」
エレノアの声が再び聞こえ、カイルは盛大に舌打ちした。
食事の時もうるさいし、夜もうるさい女だ。記憶操作さえできていればこんな女、うちに置かなくて良かったのに。
腹を立てながらカイルはエレノアに与えた部屋の扉を開けた。