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いつもお読みいただきありがとうございます!
一日目は勉強というよりもロザリンドのスキルにエレノアがはしゃいだだけで終わった。
サンドイッチのお昼ご飯を頂いて、エレノアは与えられた本に目をやる。レオポルドが持ってきたスキルの本だ。さすがに明日までに全部読めとは言われていないが……。
「ちょっとお散歩してからにしよっ!」
肉体労働をしていたエレノアはずっと座って勉強するのに向いていない。座っているとお尻がもぞもぞする。体を動かす方が得意だ。
お昼ご飯の後に本を読むとすぐに眠ってしまいそうなので、先ほど水やりが終わった花壇を見に行こうと部屋を出る。庭は好きに出てもいいと言われている。
「あら?」
扉を開けると何かが当たった感触がある。部屋の前に何か置かれていた。なんだろう?
布が上からかけられた小さな盛り上がり。エレノアは迷うことなく、布に手を伸ばした。
「あ、ネズミさん」
ネズミの死体に布がかけてあった。エレノアはネズミとよく戦っていたので、別にネズミの死体ごときで「きゃあ!」なんて可愛く悲鳴をあげない。あの頃はネズミに備蓄や商品の野菜を食べられないように必死だった。
問題はなぜここにネズミさんの死体があるかだ。
「うーん……あ、もしかしてエリーザベト様かな?」
ネコはたまに捕ったネズミを見せに来るって聞いたことがある。他にはセミとか。
「エリーザベト様が昨日のお礼にくれたのかな? 公爵邸にもネズミさんがいるのね。よく太ってていい物食べていそう」
カイルがこの場にいたら秒でツッコミを入れただろう。しかし、カイルは仕事ですでに屋敷にいなかった。
「うふふ。じゃあエリーザベトファンの皆さんにも見せないと!」
エレノアはネズミを布にくるむとなぜかスキップしながら移動し始めた。エレノアにとっては昨日のエリーザベトを見に集まっていた使用人はエリーザベトファンなのだ。
不運にもそこに最初に通りがかったのがロザリンドだ。
「あ! ロザリンドさん!」
ロザリンドは午前中のエレノアとのやり取りで、まだ自分の心に向き合えないでいた。
ずっと姉と妹と比べられ、花壇に水やりくらいしかできない自分のスキルを馬鹿にされ続けてきたのだ。エレノアのようなキラキラした反応は初めてで、どう対応していいか分からない。
「見てください! エリーザベト様が捕ったネズミを私に見せるために部屋の外に置いといてくれたんです!」
顔には出さないが、心はアワアワ状態のロザリンドの前にエレノアはあろうことかネズミを差し出した。
「……これは、一体?」
ロザリンドは思わず聞き返した。目で見ているものはあれだ、ネズミの死体だ。ネズミの死体を笑顔で差し出してくるエレノアに理解がまったく追いつかない。
「部屋の前にありました! エリーザベト様ですよね?」
ロザリンドの頭はようやくエレノアの言葉を処理し始めた。
「エリーザベト様はネズミを捕ったりしません」
「え、そうなんですか? ネコはネズミやセミを捕まえません?」
「エリーザベト様は気位が高いのでしません」
「へぇ~、そうなんですか。あれ? じゃあオニキス様かな?」
ロザリンドはやっと目の前の事態を頭で理解し終えた。
「エレノア様。私が処分しておきますので、ネズミを渡していただけますか?」
「え、でもオニキス様が持ってきてくれたものかもしれないし」
「オニキス様はボール遊びが好きなので……ネズミを追いかけることはございません」
「んー、でも今日は追いかけたかもしれませんよ? ネズミさんが目の前横切ったら気になりますよね」
「……」
ロザリンドは黙り込んだ。
おそらく、これは公爵家の使用人の誰かの嫌がらせだ。それを昨日来たばかりのエレノアに伝えるのは憚られる。公爵家の使用人の質に関わる問題だ。
エレノアには全くと言っていいほど嫌がらせが通じていないが……そもそも年頃の女の子がネズミの死体を布があるといえど掴んで歩き回るものだろうか。ロザリンドはちょっと頭痛がし始めた。それにネズミの死体に布がかけてあった時点でネコや犬の仕業ではない。
「オニキス様にも確認しておきます」
「そうですか? あ、でもこのまま置いとくわけにもいかないんで。庭で焼きますか? それとも埋めますか?」
ロザリンドが手を出しているのに、ネズミを頑なに渡さないエレノア。
なぜ? ネズミの扱いに慣れ過ぎである。
「ちょうど庭にお散歩に行こうと思っていたんです! ロザリンドさんのスキルのお水を浴びた花壇も見たいし!」
エレノアのキラキラした表情に、ロザリンドは口を再びつぐむ。
ロザリンドは自覚がある。今日は午前中からおかしい。
通りかかったレオポルドによってこのことはあっという間に知られ、使用人全員が集められることになった。
エレノアは希望通り庭にネズミを埋め(庭師が手伝った)、散歩をした後部屋に戻っていたのでこの後の事態について何も知らない。