7.顔合わせ
それからほんの数日後のこと。
ラルカはメイシュとともに、王都にあるソルディルン家の屋敷を訪れていた。
「素敵なお屋敷……!」
ラルカはほぅと息を吐きつつ、屋敷を見渡す。
まず二人を出迎えたのは、季節の花々が咲き誇る美しい庭園だ。小ぶりの花が彩り豊かに、寄り添うように植えられており、その愛らしさに心が踊る。大輪の花々が咲き誇るラプルペ家の庭園とは、趣が違っている。
次いで見えてきた屋敷は、シンプルだが手入れが行き届いており、とても上品だ。真っ白な外壁に深い青色の屋根。デザインよりも質を重視しているのがうかがえる造りで、ソルディレン家の人々の穏やかで丁寧な暮らしぶりが伝わってきた。
(本邸に引けを取らない、立派な屋敷)
――――メイシュが重視する資産的な面も申し分ないようで、ラルカは密かに胸をなでおろす。
「本当に素敵ね。良いわぁ。これからこの屋敷が私の――――ラルカのものになるのね」
うっとりと頬を染めつつ、メイシュが呟く。
(私の屋敷――――か)
新しいドールハウスが増えた――――おそらくメイシュにとっては、そんな感覚なのだろう。ラルカはそっとため息を吐きつつ、メイシュを横目で見遣る。
「ようこそお越しくださいました」
屋敷の入口に着くと、ブラントが笑顔で出迎えてくれた。
彼の後ろには使用人たちがずらりと並び、恭しく頭を垂れる。
結婚は家と家との結びつき。本気で結婚するならば、両親との顔合わせは必須だろう。
けれど、互いに解消する気ならば、今すぐに会う必要もない。
ブラントの両親は彼の説得を受け、今日ここには来ていない。
一人息子の結婚を心待ちにしているという二人には申し訳ないが、ラルカとしてはありがたい限りだ。
『いずれ、二人で領地に遊びに来てほしい』と言われたと、ブラントが困ったように話していた。
ラルカの父親も、今日この場には来ていない。そもそも、ラルカの父親は娘の結婚を急いでいないからだ。
全てはメイシュの独断専行。とはいえ、逆らえるものはラプルペ家のどこにも居ないのだが――――。
「この度は素晴らしいご縁をいただき、心から嬉しく思っております」
メイシュが微笑む。優雅に見える表情のその裏で、彼女はブラントやソルディレン家の使用人たちを密かに品定めしている。
ブラントはそうとわかっていながら、至極穏やかに微笑んだ。
「こちらこそ、ラルカと婚約ができてとても嬉しいです。彼女は国一番の美人ですし、侍女としても、とても優秀だと評判ですから」
「え……? っと、ブラント様?」
事前打ち合わせの際に、そんなセリフは予定していない。ラルカとしては、姉の好きなように塗りたくられてばかりの自分の顔があまり好きになれず、容姿を褒められると戸惑ってしまう。
頬を染めたラルカに、ブラントは「事実だよ」と優しく囁く。
「実は、僕の同僚たちも、こぞってラルカを狙っていたのです。皆がラルカとの結婚を望んでいました。
他の男にラルカをとられたくはない。親しくなるためのきっかけがほしい――――そんな時、ラプルペ家が結婚相手を探していると知りまして。
居ても立っても居られず、すぐに彼女に想いを告げました。僕と結婚してほしい、と。
ですから、ラルカが僕の想いを受け入れてくれて本当に良かった。心から幸せです」
ブラントはそう言って、眩しげに目を細める。
メイシュは感極まったように、瞳を輝かせた。
「まぁ……! ソルディレンさまにそんな風に思っていただけるなんて! 本当に光栄ね、ラルカ」
「え、ええ。姉さま」
応えつつ、ラルカの顔が更に真っ赤に染まっていく。
偽りの言葉。偽りの笑顔。
そうと分かっているのに、ラルカの胸がドキドキと高鳴る。
「光栄なのはこちらの方です。ラルカは本当に素晴らしい女性ですから。貴女にとっても、さぞや自慢の妹なのでしょうね」
ブラントが言えば、メイシュは勢いよく身を乗り出す。
「それはもう……! どこに出しても恥ずかしくない、自慢の妹ですわ! 幼い頃から本当に本当に可愛くて。領民たちから女神のように崇められていましたのよ! 彼等も、ラルカとソルディレン侯爵令息様との縁談がまとまったと知ったら、さぞ喜ぶことでしょう! 本当に鼻が高いわぁ!」
興奮した面持ちのメイシュに、ラルカは思わず俯く。
恥ずかしい――――そんな風に思うが、はっきりと口に出すわけには行かない。ここで不興を買えば、メイシュの王都滞在が長引いてしまいかねないからだ。
「どうぞこちらに」
ブラントに招き入れられ、一行は屋敷の中へと入る。
外観同様、落ち着いた雰囲気のエントランスがラルカ達を迎えてくれた。白い壁紙、ワインレッドのカーペット。床や調度類等からは、至るところに木のぬくもりが感じられる。
中央に設置された大きな階段、二階の窓から光が燦々と降り注ぎ、とても明るい。
白やピンクで統一されたラプルペ家のタウンハウスは豪華で愛らしいが、ずっと居ると疲れてしまう。ラルカにとってソルディレン邸はかなり魅力的に映った。
「なるほどねぇ」
メイシュが唸る。彼女は移動中、終始、じっくりと屋敷の中を観察していた。
この屋敷が、ラルカにとって本当に相応しい場所なのか見定めているのだ。
ラルカとブラントは時折目配せをしながら、メイシュの様子を見守る。
(どうか……どうか無事に婚約できますように)
祈りながら、ラルカの胃がキリキリ痛む。
応接室に着くと、クッキーやマドレーヌといった女性好みの茶菓子がたくさん並べられた。ドライフルーツやクルミ、ハーブを練り込んだ品もあり、見た目も華やかで、とても美味しい。あっさりと素朴な味わい、ほんのりと感じる蜂蜜の甘さに、ラルカは胸をときめかせる。
メイシュが来てからというもの、バターや砂糖をふんだんに使った菓子ばかり食べていたので、とても新鮮だ。
また、ロイヤルブルーのティーカップはあまりにも美しく、メイシュはうっとりと息を吐く。どうやら部屋の内装も含め、大層お気に召したらしい。
彼女はラルカとブラントを並んで座らせる。そして、色んな角度から存分に眺めたあと、やがてほぅと頬を染めた。
「ああ、素敵! こんなに素敵な人とラルカが結ばれるなんて、本当に嬉しいわ!」
どうやら、二人の結婚を本気で認めてくれたらしい。ラルカはホッと胸をなでおろした。
「お姉さまに認めていただけて、本当に良かった。これからも、ご期待に添えるよう、僕がラルカをしっかりと守ります。必ず幸せにします」
そう言ってブラントは、ラルカをそっと抱き寄せる。ラルカの心臓がドキッと小さく跳ねた。
王都に出て以降、仕事一辺倒。男性との接触は殆どなかった。
もちろん、エルミラの近衛騎士たちと毎日顔を合わせていたし、男性が苦手というわけではない。
けれど、甘い言葉を囁かれることも、こういったふれあいも殆ど皆無で。
(いちいちドキドキしてはダメ。ブラントさまは、姉さまを騙すために頑張ってくださっているのだもの)
慣れなければ――――そう思いつつ、ラルカの体温は上がるばかり。ブラントの大きな手のひらに、たくましい腕に、ついつい意識が向かってしまう。
「そう言っていただけて、安心しました。ラルカのことは、貴方にお任せしますわ」
メイシュが嬉しそうに微笑む。
ラルカはブラントと顔を見合わせ、密かにガッツポーズを浮かべるのだった。