6.メイシュの反応
家に帰ると、メイシュがラルカを待ち構えていた。一目見れば、彼女が大層上機嫌だということがうかがえる。
どうやらかなり興奮しているらしい。彼女は勢いよくラルカのことを抱きしめた。
「聞いたわよ、ラルカ! ソルディレン家のご子息と懇意にしているんですってね」
メイシュは満面の笑みを浮かべながら、両手でラルカの頬を包み込む。
「え、ええ。実はそうなんですの」
応えつつ、ラルカは密かに目を瞠った。
(すごいわ……もう姉さまに話が通っている)
彼と話をしたのはほんの数時間前のこと。さすがに今日明日でメイシュにまで話が行くとは、ラルカは思っていなかった。
当然、実際に動いたのは彼以外の人間だろうが、それにしても素晴らしい根回しっぷりだ。
ブラントは騎士として強いだけでなく、かなり仕事ができるタイプなのだろう。ラルカは素直に感心した。
「さすが、私のラルカ! ブラントさまは貴女にゾッコンだそうよ! 是非、婚約に向けて話を進めていきたいと言われたわ。貴女も、彼が良いと思ったのよね?」
尋ねながら、メイシュはそっと首を傾げる。
まずい。
ここで答えを間違えれば、自由な生活から遠ざかってしまう。
ラルカは静かに息を呑んだ。
「もちろん。ブラントさまは本当に素晴らしい男性ですわ。優しくて、わたくしには勿体ないほど……結婚するなら、彼が良いと思いましたの」
決して疑念を抱かれてはいけない。ラルカは照れくさそうに頬を染める――――必死にそんな風を装った。
「そう! そうなの!
ああ、本当に良かった。ソルディレン家は由緒正しい名家だし、大層な資産家だもの。おまけに彼、すごく綺麗な顔立ちなんでしょう?」
「それはもう! お伽噺の王子様みたいに素敵な男性なの。背が高くて逞しくて。夜空に輝く星みたいな綺麗な髪色をしているのよ。間違いなく姉さまも気にいるわ!」
ラルカが力説すれば、メイシュはそっと瞳を細める。
「そう……! それは素敵だわ。早く二人を並べてみたい。そんなに美しい人なら、私の可愛いラルカにピッタリね」
メイシュはそう言って、ゆっくりと目を細める。
その瞬間、首筋に爪を立てられたかのような、奇妙な感覚が走った。
(怖い……危なかったわ)
ラルカの背筋がぶるりと震える。
予想通り、ブラントはメイシュの眼鏡に適った。彼女の理想か、それ以上だったに違いない。
けれど、もしもここで、ラルカに相応しくない(とメイシュが感じる)男性を選んでいたとしたら、メイシュの爪は、容赦なくラルカを引き裂いただろう。
ラルカはあくまでメイシュのもの。彼女の意のままに動かなければならない。
これまでも。
――――そして、これから先も。
ラルカはゴクリと唾を呑んだ。
「ふふっ! これで安心して領地に帰れるわ」
けれどその時、メイシュが漏らした言葉に、ラルカの心は一気に高揚する。
(姉さまが領地に帰る!)
思えばとても長い一ヶ月だった。
侍女の朝はとても早い。
ラルカが実際に行っているのは女官の仕事だが、メイシュには『侍女』ということになっている。整合性を図るため、ラルカは朝日が昇る前に屋敷を出なければならない。
寮からエルミラの私室までは十分程度で到着するが、ラプルペ家の屋敷からは四十分程掛かってしまう。
その癖、毎朝何十分も、人形のように着飾られるのだから、ラルカの心労は相当なものだ。
城に向かう馬車の中で泥のように眠り、到着してから人知れず化粧を落とす日々。
せめて週のうちの数日でも寮に戻りたいと訴え続けたが、メイシュは頑なで。
ついに、ラルカの願いを聞いてくれることはなかった。
(そんな日々ももうおしまい。良かった! ようやく……! ようやく姉さまが帰ってくれる! この家を出て、再び寮で自由な生活を謳歌できるのね!)
本当に、ブラントには感謝してもしきれない。
彼は紛うことなきラルカの救世主だ。
――――けれど、そう思ったのも束の間、メイシュはふ、と小さく笑う。
「帰るわよ? もちろん、ラルカが正式に婚約を結んだのを見届けてからだけどね。
ブラントさまのことも、私のこの目で、きちんと見定めないと」
メイシュの瞳がギラリと容赦なく光る。
(あぁ……ですよねぇ……)
それでこそメイシュ。一筋縄では行かない。
心のなかで一人嘆きつつ、ラルカは静かに頭を垂れた。