表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/42

6.メイシュの反応

 家に帰ると、メイシュがラルカを待ち構えていた。一目見れば、彼女が大層上機嫌だということがうかがえる。

 どうやらかなり興奮しているらしい。彼女は勢いよくラルカのことを抱きしめた。



「聞いたわよ、ラルカ! ソルディレン家のご子息と懇意にしているんですってね」



 メイシュは満面の笑みを浮かべながら、両手でラルカの頬を包み込む。



「え、ええ。実はそうなんですの」



 応えつつ、ラルカは密かに目を瞠った。



(すごいわ……もう姉さまに話が通っている)



 彼と話をしたのはほんの数時間前のこと。さすがに今日明日でメイシュにまで話が行くとは、ラルカは思っていなかった。


 当然、実際に動いたのは彼以外の人間だろうが、それにしても素晴らしい根回しっぷりだ。

 ブラントは騎士として強いだけでなく、かなり仕事ができるタイプなのだろう。ラルカは素直に感心した。



「さすが、私のラルカ! ブラントさまは貴女にゾッコンだそうよ! 是非、婚約に向けて話を進めていきたいと言われたわ。貴女も、彼が良いと思ったのよね?」



 尋ねながら、メイシュはそっと首を傾げる。


 まずい。

 ここで答えを間違えれば、自由な生活から遠ざかってしまう。

 ラルカは静かに息を呑んだ。



「もちろん。ブラントさまは本当に素晴らしい男性ですわ。優しくて、わたくしには勿体ないほど……結婚するなら、彼が良いと思いましたの」



 決して疑念を抱かれてはいけない。ラルカは照れくさそうに頬を染める――――必死にそんな風を装った。



「そう! そうなの!

ああ、本当に良かった。ソルディレン家は由緒正しい名家だし、大層な資産家だもの。おまけに彼、すごく綺麗な顔立ちなんでしょう?」


「それはもう! お伽噺の王子様みたいに素敵な男性なの。背が高くて逞しくて。夜空に輝く星みたいな綺麗な髪色をしているのよ。間違いなく姉さまも気にいるわ!」



 ラルカが力説すれば、メイシュはそっと瞳を細める。



「そう……! それは素敵だわ。早く二人を並べてみたい。そんなに美しい人なら、私の可愛いラルカにピッタリね」



 メイシュはそう言って、ゆっくりと目を細める。

 その瞬間、首筋に爪を立てられたかのような、奇妙な感覚が走った。



(怖い……危なかったわ)



 ラルカの背筋がぶるりと震える。


 予想通り、ブラントはメイシュの眼鏡に適った。彼女の理想か、それ以上だったに違いない。


 けれど、もしもここで、ラルカに相応しくない(とメイシュが感じる)男性を選んでいたとしたら、メイシュの爪は、容赦なくラルカを引き裂いただろう。


 ラルカはあくまでメイシュのもの。彼女の意のままに動かなければならない。


 これまでも。

 ――――そして、これから先も。


 ラルカはゴクリと唾を呑んだ。



「ふふっ! これで安心して領地に帰れるわ」



 けれどその時、メイシュが漏らした言葉に、ラルカの心は一気に高揚する。



(姉さまが領地に帰る!)



 思えばとても長い一ヶ月だった。


 侍女の朝はとても早い。


 ラルカが実際に行っているのは女官の仕事だが、メイシュには『侍女』ということになっている。整合性を図るため、ラルカは朝日が昇る前に屋敷を出なければならない。

 寮からエルミラの私室までは十分程度で到着するが、ラプルペ家の屋敷からは四十分程掛かってしまう。

 

 その癖、毎朝何十分も、人形のように着飾られるのだから、ラルカの心労は相当なものだ。

 城に向かう馬車の中で泥のように眠り、到着してから人知れず化粧を落とす日々。


 せめて週のうちの数日でも寮に戻りたいと訴え続けたが、メイシュは頑なで。

 ついに、ラルカの願いを聞いてくれることはなかった。



(そんな日々ももうおしまい。良かった! ようやく……! ようやく姉さまが帰ってくれる! この家を出て、再び寮で自由な生活を謳歌できるのね!)



 本当に、ブラントには感謝してもしきれない。

 彼は紛うことなきラルカの救世主だ。


 ――――けれど、そう思ったのも束の間、メイシュはふ、と小さく笑う。



「帰るわよ? もちろん、ラルカが正式に婚約を結んだのを見届けてからだけどね。

ブラントさまのことも、私のこの目で、きちんと見定めないと」



 メイシュの瞳がギラリと容赦なく光る。



(あぁ……ですよねぇ……)



 それでこそメイシュ。一筋縄では行かない。

 心のなかで一人嘆きつつ、ラルカは静かに頭を垂れた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ