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5.利害の一致

「ラルカ嬢、僕と婚約しましょう」



 銀髪の騎士がラルカを見つめる。

 思いがけない言葉に、彼女は小さく息を呑んだ。



「結婚したくないのでしょう?」



 彼の言葉はそんな風に続いた。ラルカは目を見開き、騎士をまじまじと見つめる。



「――――貴方と婚約すれば、わたくしの願いは叶うのですか?」



 まるで絶望の中に見出した一筋の光のよう。

 男は微笑みを浮かべ、コクリと力強く頷く。



「実は僕も、親から婚約を急かされているんです。早く身を固めなさい。結婚して一人前になりなさい、と。

だけど、どうにも気乗りしなくて。今日までのらりくらりと逃げてまいりました。

しかし、両親はこれから先も、僕が婚約をするまでの間、しつこく結婚を勧め続けるでしょう。

ですから、貴女にまだ結婚をする気がないなら丁度いい。僕と婚約を結びましょう。そうすれば、互いにうるさい親族から逃れられます。

いつ籍を入れるか、実際に結婚するかどうかは、僕ら次第。タイミングを最大限まで引き伸ばしてしまえば良いと思います」



 騎士の言葉に、ラルカの胸が大きく打ち震える。期待と興奮で、今にも飛び上がりそうだ。



(嘘みたい! こんな風に言ってくださる方がいるなんて……!)



 正直ラルカは、半分以上諦めていた。姉の言うことを聞く以外の道はなく、また結婚を先延ばしにしてくれるような人がいるとは思っていなかった。


 騎士の表情は真剣で、決して嘘を吐いているようには見えない。

 ラルカはそっと身を乗り出した。



「本当に……本当によろしいのでしょうか⁉ わたくし、本気でしばらく結婚する気はないのです。まだまだエルミラ様のもとで仕事を続けていたいのですが……!」


「もちろん。寧ろ、僕は活き活きと仕事をする貴女が――――――いえ。

僕の両親は、働く女性に寛容で、寧ろ好意的です。無理矢理、式を急かされることもないと思います。

あとはどこまで婚約を引き伸ばすか、引き伸ばせるか、といったところでしょうか?

これについては具体的なお約束はできませんが、短くて一年、長くて数年の猶予ができるでしょうし、少なくとも、僕の方から急かすようなことはありません。両親のことも、全力で止めてみせます。他の、結婚に乗り気な男性と婚約するよりはマシではないでしょうか?」



 騎士はそう言って優しく微笑む。

 ラルカはとても嬉しかった。嬉しすぎて、涙が出そうなほど。


 けれどまだ、彼に確認せねばならないことがある。

 ラルカはほんのりと表情を曇らせた。



「ありがとうございます、騎士様。ただ、非常に申し上げにくいのですが……一つだけ懸念事項がございまして」


「……? 何でしょう?」


「そのぅ……姉はとても理想が高く、わたくしの結婚相手に、ある程度の爵位や家柄、資産を求めておりますの。わたくし、失礼ながら貴方様のお名前も存じ上げないもので」



 姉が反対するのでは――――消え入りそうな声で、ラルカはそう付け加える。


 見た目について言えば、彼は間違いなくメイシュの審査を通過するだろう。美術彫刻か人形のような、大層上品で整った容姿をしているのだから。


 けれど、もしも彼がラルカと同格かそれより下の家柄だとすれば、話はややこしくなってしまう。

 メイシュが二人の婚約に頷かなければ、何の意味もない。彼女は延々と王都に居座り続けるだろう。



「それについては何の問題もございません。

自己紹介が遅くなりました。

僕はブラント・ソルディレン。

ソルディレン侯爵家の長男で、アミル殿下の近衛騎士を務めております。自分で言うのもなんですが、おそらく、貴女のお姉さまのお眼鏡にも適うかと」


「まぁ......! 大変失礼をいたしました、ソルディレン様」



 ソルディレン家といえば、国が誇る名門貴族だ。顔と名前が一致しなかったというだけで、当然、ラルカだって知っている。


 元々は、優秀な文官を多く輩出している一族だが、長男のブラントは騎士として大成したらしいと噂で聞いた。騎士団で彼の右に出る者はいないということも。


 彼が相手なら、メイシュがダメ出しをすることはまずないだろう。



「如何でしょう? 僕ではやはり力不足でしょうか?」


「いいえ。姉もきっと、納得してくれると思います。その……ソルディレン様、先程は失礼なことを申し上げて、本当に申し訳ございません」



 せっかく素晴らしい提案をしてくれた相手に、家柄云々と話さねばならなかったことがあまりにも辛い。ラルカ自身は家柄等の表面的なことは気にしないタイプである分、余計に恥ずかしい。

 ラルカは真っ赤に顔を染めながら、深々と頭を下げる。



「いえいえ。婚約に際して、相手の家柄を気にするのは当然のことです。どうか、お気になさらないでください」



 ブラントは全く気分を害した様子もなく、とても穏やかに微笑んでいる。ラルカはホッと胸をなでおろした。



「僕のことはどうか、ブラントと気軽に呼んでください。僕も、貴女のことをラルカとお呼びしていいですか?」


「もちろんですわ、ブラント様」



 ブラントは穏やかに微笑むと、ラルカの手をギュッと握る。

 それから、その場にゆっくりと跪き、ラルカの手の甲に口づけた。



「お約束の印に」



 それはまるでお伽噺の中の王子様のような、優雅で流れるような所作だった。


 ラルカの同僚達ならば、今頃、キャーキャー叫びながら頬を真っ赤に染めていることだろう。

 どうやら彼は、自身の容姿の良さを自覚しているし、どうしたら女性が喜ぶのかを熟知しているようだ。


 おそらくは、数多くの女性と親しくしているに違いない。



(なるほど。だからわたくしが婚約者に丁度良かったのですね)



 ブラントは、今はまだ結婚して身を固めたくないと言っていた。おそらく彼は,一人の女性に縛られたくないタイプなのだろう。


 二人が結ぶのはあくまで仮初の婚約。ラルカとしては、程よい時点で婚約を解消したいと考えているし、浮気をしたところで文句を言うことも、揉める心配もない。


 互いの利害が一致している――――そう思うと、少しだけ気持ちが楽になる。ラルカはそっと目元を和らげた。



「では、貴女のお姉さまには僕の方からお話をして、婚約の段取りを進めさせていただいてもよろしいでしょうか?」


「ええ、もちろん。わたくしからも姉に話をしようと思っております。どうぞ、よろしくお願いいたします」



 とても嬉しそうなラルカの微笑みに、ブラントは眩しげに目を細める。



「ラルカ」


「…………はい?」



 唐突に名前を呼ばれ、ラルカはそっと首を傾げる。

 ブラントは困ったように微笑むと、ラルカの頭をそっと撫でた。

 ドキッ、と小さくラルカの胸が疼く。



(何故でしょう? ただ撫でられただけなのに)



 まるで、全身をギュッと包み込まれたかのような感覚が走る。

 どこか熱っぽいブラントの瞳。胸のあたりに広がる甘ったるさを逃しつつ、ラルカはそっと微笑む。

 


「よろしく、ラルカ。僕の婚約者殿」



 ブラントはそう言って手のひらを差し出す。どこか不敵な笑み。ラルカはクスクスと笑い声を上げながら、彼の手を握る。


 かくして二人は、仮初の婚約に向けて動き出したのだった。

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