40.独身貴族になりたいんです!
「改めまして、本日はご来場いただき、本当にありがとうございました」
エルミラとアミルが来場者へ感謝の言葉を述べる。
イベントを飾るフィナーレにはエルミラやアミル、ラルカたちに加え、子供たちが登壇した。
湧き上がる喝采。
ドレスアップをし、誇らしげに微笑む子供たちの姿に、集まった人々が瞳を細める。
彼らが向けるのは決して同情の眼差しではない。子供たちの幸せを心から祈るものだ。
人々の優しい気持ちはきっと、子供たちにも伝わるだろう。ラルカは胸が温かくなった。
次いで、エルミラの口から今日の来場者数と収益が発表された。想像以上に沢山の人がイベントを楽しんでくれたらしい。ラルカは思わず口の端を綻ばせる。
少し前のラルカならば、こんな企画は立案できなかった。
彼女にとって着飾ることは苦痛でしかない。メイシュの顔がチラついて、全く楽しむことができなかったし、楽しいと思う人がいることだって想像できなかった。
けれど、ブラントと出会い、ラルカは着飾ることの楽しさを知った。
自分らしく生きることの意味を実感した。
メイシュとの関係を乗り越えたから――――だからこそ、より達成感を感じるのだろう。
何だかとても誇らしい気分だった。
「――――このイベントで得た収益はすべて、子供たちのために活用させていただきます。
子供たちが温かいベッドでゆっくり眠るために。お腹がいっぱいになるまで食事をするために。清潔な衣服を着るために。新しいおもちゃや本を購入するために。
――――けれど私は、それだけでは足りないと思っています」
エルミラはそう言って、ゆっくりと静かに目を瞑る。彼女は子供たちと手を繋ぎながら、真っ直ぐに前を見据えた。
「本来ならば、衣食住が確保できることは当たり前のことです。
けれど、当たり前のことが当たり前に出来ていない――――事実、子供たちは飢えに苦しみ、楽しんでもらいたいと準備したイベントへの参加すら禁じられていた。私はそれが悲しくてならないのです」
元々はゼロを十にしたいと始めたイベントだった。
子供たちにより良い環境を提供したい。夢を与えたいとそう願って。
けれど、蓋を開けてみれば、孤児院の子供たちが置かれている環境はゼロですらない。マイナスだった。
壇上から孤児院の関係者を見下ろしつつ、エルミラは大きく息を吸う。
彼らは昼間、エルミラやアミルに擦り寄り、耳当たりの良いことばかり口にしていた人間だ。
バレている――――彼らの顔は夜でも分かるほどに青褪めていった。
「まずは最低限の生活を誰もが送れるよう、私は全力を尽くします。
けれどいずれは、誰もが自由になりたい自分を目指せるような――――年齢も性別も家柄も関係なく、誰でも自由に夢が見れる――――そんな国にしていきたいと思います。……いいえ、絶対にしてみせます!」
エルミラがそう宣言すれば、集まった人々はワッと大きな歓声を上げた。
言うは易く行うは難し――――エルミラの夢が本当の意味で叶うのは、相当困難なことだろう。
「――――どうやら、エルミラ殿下が降嫁なさる日は、当分先になりそうですね」
ラルカの隣でブラントが苦笑を浮かべる。ラルカは困ったように笑いながら、ブラントの手をそっと握った。
「そうですわね……もしかしたら、このまま誰とも結婚なさらないかもしれませんわよ? ご公務にとても意欲的ですし、女性の新しい生き方を御自身で体現なさるおつもりなのかもしれません」
「それは――――大いにありえますね。なにせ側近の一人が、バリバリの独身主義者でいらっしゃいますし」
「ふふっ……ブラントさまの仰るとおりですわ。
けれど、たとえバリバリの独身主義者でも、素晴らしい男性に出会ってしまったら……いとも簡単にその主張を変えることもあるようですから」
揶揄するような声音。ブラントは今にも泣き出しそうな表情で、ラルカのことをまじまじと見つめる。
「――――ただ、今はまだ、やりたいことがたくさんありますの。エルミラさまの夢を実現するためには、わたくしがしっかりしなくてはなりません。数年間は腰を据え、仕事をしたいと思っていますし……実はわたくし、先程の子供たちの話を受けて、転属願いを出そうと思っていまして」
「転属願い?」
「ええ。わたくしは碌に現場を知らないまま、エルミラさまの側近になってしまいましたでしょう? ですから一度、エルミラさまから離れ、一文官として仕事を頑張りたいと思っているのです。そうすれば、いつか本当の意味で、エルミラさまの力になれるのではないかと……」
ラルカは瞳を細めつつ、人々に向かって笑顔を振りまくエルミラを見つめる。
制度や仕組みを本気で改革していくためには、今のままではダメだ。色んな場所に出向きながら、沢山の人と会い、話を聞いていく必要がある。執務室にこもって仕事をしていても、今日と同じことが繰り返されてしまうだろう。
(エルミラさまもきっと、許してくださるはずだわ)
彼女の国を想う心は本物だ。ラルカが行かなければ、エルミラ自身が城を飛び出してしまいかねないぐらいの勢いなのだから。
ラルカが現場を知り、エルミラの元に帰ることで、彼女の夢を実現するための手助けができることだろう。
「――――ですから、ブラントさま。
わたくしは今しばらく、結婚をすることができません」
ラルカはそう口にしながら、とても静かに瞳を閉じた。
こうして結婚について、きちんと話をするのは初めてのこと。たとえ想いが通じ合っていても、向かおうとしている方角が異なれば、人の関係は簡単に崩れてしまう。そうと分かっているから、ブラントの答えを聞くのは少しだけ怖い。
「構いませんよ」
けれど、ブラントは間髪入れずにそう答えると、至極優しく微笑んだ。
彼の瞳には迷いも憂いの色もない。ただただ愛しげにラルカのことを見つめている。
「そんなことは元より覚悟のうえです。僕は何年でも、何十年でも、貴女を待つつもりでしたから」
ラルカの瞳に涙が滲む。ブラントはゆっくりと、その場に跪いた。
「僕は活き活きと仕事をしているラルカが好きです。自由に生きたいと願う貴女が好きです。
僕は絶対に貴女を手放したくない――――いいえ、絶対に手放しません。
一生、ラルカの側にいたい。
ですから、もしも将来、貴女が結婚をしたいと思ったその時は――――どうか、僕を選んでいただけませんか?」
それは、二人が仮初の婚約を結ぶことになったあの時、ブラントが真に伝えたかったであろう求婚の言葉だ。
ラルカは涙を流しながら、ブラントの手をギュッと握った。
「わたくしも――――ブラントさまが好きです。大好きです!
結婚をするなら、絶対に貴方とが良い――――いいえ、ブラントさまじゃなければ嫌です。
ですから、どうか、わたくしを待っていていただけませんか?」
ブラントが力強く頷く。
ラルカは微笑みながら、ブラントの胸へと飛び込んだ。
夜空に星が瞬き、月が優しく二人を照らす。
恋人として――――本当の婚約者として歩みだした二人は、どちらともなく唇を重ねると、満面の笑みを浮かべるのだった。
本作はこれにて完結しました。
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改めまして、最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!




