39.約束
「ラルカ!」
舞台袖に着くと、エルミラがラルカのことを待ち構えていた。彼女はラルカをギュッと抱きしめ、微かに声を震わせる。
「良かった! すごく――――すっごく心配したんだからね⁉」
王族である以上、エルミラは表立って動くことができない。周囲に動揺を悟らせてもいけない。
騎士や女官達から報告を受けながら、一人ヤキモキしていたのである。
「ご心配をおかけして申し訳ございません、エルミラさま。ご覧の通り、ピンピンしておりますわ」
「当たり前よ! 貴女が無事じゃなかったら、タダじゃ置かなかったんだから!」
今にも泣き出しそうなエルミラの表情に、ラルカは目元を和ませる。
「ありがとうございます。
それで――――事前にお伝えしましたとおり、本日の主役たちを連れてまいりましたの」
ラルカはそう言って、孤児院の子供たちを振り返る。
彼らにも、エルミラやアミルが王族であることは分かるらしい。緊張のあまり身体を強張らせた。
「まぁ! この子達が貴女を攫った張本人なのね」
腰に手を当てムスッと唇を尖らせるエルミラに、リーダー格の少年と少女の顔がサーッと青褪めていく。ラルカは思わず両手を広げると、子供たちの前に躍り立った。
「違いますわ、エルミラさま。わたくしはただ、この子たちと一緒に楽しく遊んでいただけです。元はと言えば、この子達のためのイベントですもの。当然のことですわ」
「……分かっているわよ。貴女が何を言いたいのか、これから何をしたいのかも。
だけど、本来なら、貴族を攫ったものは死刑に処される――――子供だから、知らなかったからで済まして良い話じゃないの。
この子達は、自分が何をしでかしたのか、きちんと自覚をする必要があるわ」
「そんな……!」
リーダー格の少年が叫ぶ。
彼らはただ、悲しかった――――悔しかっただけだ。
これは自分たちのために開かれたイベントなのに、近づくことすら許されない。
除け者にされてしまったから。
だから少しだけ――――ほんの少し、困らせてやろうと思った。
碌な教育も受けさせてもらえていない彼らには、己の行動がどんな結果に行き着くのか、知るよしもなかったのである。
「待って、お姫様! 悪いのはあたしなの! あたしだけなの!
あたしが『ドレスを着てみたかった』って泣いたから。イベントなんてなくなってしまえば良いって言ったから! だから……他の皆は悪くないんです!
ごめんなさい、お姉さん! 本当に、本当にごめんなさい!」
少女が涙ながらに謝罪をする。
声を震わせ、何度も、何度も。
ラルカは微笑みながら、少女の肩を優しく叩いた。
「顔を上げて……泣いたら折角の化粧が落ちてしまうわよ?
それから、わたくしからも、貴方たちに謝らせてちょうだい」
「え?」
どうして――――? 子供たちは呆然と目を見開く。
「『知らなかったで済ませちゃいけない』のはわたくし達も同じだわ。
わたくし達はイベントの主役である貴方たちがどんな生活を送っているのか知らなかった。本当の意味で理解できていなかった。イベントに参加すらさせてすらもらえないということを、知らずに居たのだから」
「――――ラルカの言うとおりね」
エルミラは困ったように笑いつつ、子供たちに向かって身を屈める。
膝を折り、彼ら一人ひとりを見つめながら、エルミラは大きく息を吸った。
「知らなかったで済ませちゃいけない――――本当にそのとおりだわ。
貴方たちを取り巻く劣悪な環境は、私が必ず改善します。
そのために、貴方たちにはこれから私と共に舞台に上がって、皆に約束をするところを見届けてほしいの。だって、ラルカの言う通り、今日の主役は他でもない。貴方たちだもの」
エルミラが力強く微笑む。
彼女の本気が子供たちにも伝わったのだろう。
子供たちは神妙な面持ち互いに顔を見合わせ、それから大きく頷く。
「さあ! 皆様お待ちかねよ。行きましょう?」
エルミラはそう言うと、颯爽と立ち上がり、前を向いた。
子供たちが後に続く。ラルカは大きく微笑んだ。
「ラルカ」
その時、ブラントに名前を呼ばれ、ラルカはそっと振り返る。
彼はすぐ側に居ながら、ずっと口を挟まずにいてくれた。
きっと、エルミラ以上に心配してくれただろうに――――子供たちに対して言いたいこともあっただろうに――――どこまでもラルカの意思を尊重してくれる彼に、愛しさがグッと込み上げてくる。
「ブラントさま」
ラルカとブラントは微笑み合い、どちらともなく抱き締め合う。
温かい。
ブラントの腕の中で、ラルカは満面の笑みを浮かべる。
「――――約束通り、わたくしの話を聞いてくださいますか?」
話したいこと、伝えたいことが山程ある。
ブラントは穏やかに目を細めつつ、ラルカの額に口づける。
「ええ。楽しみにしています」
二人は顔を見合わせると、もう一度互いを強く抱き締めあった。
12月13日昼頃完結します。
最後までよろしくお願いいたします!




