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36.イベント当日(4)

 ラルカが連れ込まれたのは、街の隅にある廃屋だった。


 腕がきつく縛られており、キシキシと痛む。

 建物の所々にがたが来ているらしく、歩くと腐った床板が軋む。酷くジメジメしており、カビ臭い。雨漏りの水溜りのせいで、ラルカのドレスはドロドロになってしまった。


 天井から光が漏れ入るのが唯一の救いだが、あと数時間もすれば夜がくる。暗闇に怯えるのは時間の問題のように思えた。



「ねぇ、貴方たちは一体、どうしてこんなことを? こんなところに勝手に入っては危ないわよ? お家の人は? どこに居るの?」



 努めて冷静にラルカが尋ねる。

 けれど、一番大きなリーダー格らしい少年が、嘲るようにラルカを笑った。



「あんた馬鹿なの? 俺たちを心配する大人が居ないことぐらい、見りゃ分かるだろう?」



 声変わりしきっていない、掠れた低音。


 彼の隣には数人の子供たちが居て、皆ラルカのことを睨んでいる。

 ボロボロの洋服。もうすぐ冬だというのに、薄布から覗く体は痩せていて、身長も低い。ちっとも梳かれていないらしい髪は絡まり倒し、肌はくすんで血色が悪い。裕福でないことは直ぐに見て取れた。



「なぁにが子供のためのイベントだ! 何もわかってない貴族が良い気になりやがって。俺たちがどんな生活をしているか、知りもしないくせに」



 少年が言う。ラルカを会場から連れ出した少女が頷き、それより小さな子供たちは状況が分かっていないのか、酷く虚ろな表情を浮かべていた。



「もしかして、貴方たちは王都の孤児院に住んでいるのかしら?」



 イベントのために、バザーの品物を作ってもらった孤児院の一つが近くにある。彼らの言動、連れてこられた場所等を鑑みるに、ほとんど間違いないだろう。



「だったら、何だって言うんだよ!」


「心配しないで? ただ確認したかっただけよ。

だけど、わたくしはこう見えてあのイベントの責任者の一人なの。会場に帰していただきたいのだけれど……」



 今頃、ラルカの姿が見えないことで、エルミラたちに心配をかけているに違いない。

 同僚の女官一人に『来場者の体調が悪くなったからブースを離れる』とだけ伝えてあるが、それだけでここまでの事態に陥っていることを想像するものは少ないだろう。事を荒立てたくはないし、今は大規模な捜索がされていないことを祈りたい。



「格好だけじゃなく、頭の中までお花畑なのね! そんなこと、させるわけがないでしょう?」



 少女が言う。まだ幼いのに、彼女の表情は憎悪にまみれ、激しく歪んでいた。余程ひどい目に合っているのだろうか? ラルカは胸が苦しくなる。



「ねぇ、教えて。どうしてこんなことを? それが分かれば、わたくしでも貴方たちにしてあげられることがあると思うの」


「うるせぇ! 綺麗事ばかり並べやがって! 施設の大人も、貴族も王族も、みんな大嫌いだ!

あんなイベント、失敗してしまえば良い! 今すぐ消えてなくなれば良いんだ!」



 ラルカは静かに息を呑み、目を瞠る。



(もしかしてこの子達は、イベントを失敗させるために、こんなことを?)



 確かに、ラルカが居なくなったことで騒ぎが起きれば、イベントは失敗するかもしれない。少なくとも、成功したとは評価されづらいだろう。主催者であるエルミラのためにも、それだけは避けたい。


 誤解を解かなければ――――ラルカはそっと身を乗り出した。



「あのね、あのイベントは、貴方たちのために開かれたものなのよ? イベントの収益は、子供たちの教育や孤児院の運営のために使われることになっていて、本や新しい洋服、玩具などが――――」


「そんなことは知ってるよ。だけど、そんなのどうせ口だけだ。金なんて、どうせ俺たちのためには使われない。クソみたいな大人の懐に入るだけだ。

寝床はボロボロ、ノミだらけ。冬になると、寒さに凍えながら眠れぬ夜を過ごすことになる。髪も、服もぐちゃぐちゃのまま、腹がいっぱいになることだって一度もない。オシャレだ剣だ云々は夢のまた夢だ! 明日をもしれない俺達が、将来を――――夢なんて大層なもんを描けるわけがないだろう⁉」



 ラルカは大きく息を呑む。目頭がとても熱くなった。



「ねぇ、知ってる? あたし達はあのイベントに近づくことすらダメって言われていたのよ? あたし達のために開かれたイベントのはずなのに! それなのに……!」



 少女がたまらず涙を浮かべる。ラルカは思わず目を見開いた。



「そんな……まさか…………」


「会場に少しでも近づいたら滅多打ちにしてやるって孤児院のジジィに言われたんだよ。

それでもコイツは、どうしてもイベントが見てみたかった。だから、孤児院で一番綺麗な洋服を着て、あの会場にこっそりと忍び込んだんだ」



 主催者側としては、孤児院の子供たちにこそ、イベントを楽しんでほしいと思っていた。そちらの方が、開催主旨に合っているし、人々の理解も得られると思っていた。


 だが、情報伝達が上手くできていなかったらしい。


 或いは、できていたとしても、孤児院側が子供たちの惨状を隠そうとして、参加を禁じたという可能性もある。何とも酷い話だ。



「ねぇ、貴方たちは――――本当はあのイベントに参加したかったのよね?」



 尋ねながら、ラルカの胸が強く痛む。


 自分の作った品物が人々の手に渡るところが見たかったのだろうか?

 普段は着られない綺麗なドレスが着てみたかったのだろうか?

 化粧をしてみたかったのだろうか?

 もしかしたら、騎士たちのようにカッコよく、強くなった自分を想像をしたかったのかもしれない。


 本当は自分の未来に希望を持ちたい、夢を見たいと――――そう思ってくれたに違いない。



「だったら何だって言うの⁉ もう、何もかも遅いのに……イベント、終わっちゃうもん」


「いいえ。そんなことないわ」



 空がオレンジ色に染まっていく。それに合わせて、廃屋の中が少しずつ暗くなっていた。

 今頃、イベントは締めの準備が行われている頃だろう。だが、まだ間に合う。


 ラルカは子供たちににじり寄り、それから柔らかく微笑みかけた。



「ねぇ、こちら側のポケットに、櫛と口紅が入っているの。縄を解いてくれたら、わたくしが貴方たちを綺麗にしてあげるわ。どうかしら?」



 言えば、少女の表情が少しだけ揺れる。ラルカはゆっくりと目を細めた。



「お化粧をして、会場に戻って、それから可愛いドレスで目一杯おめかししましょう? 

大丈夫。わたくしが誰にも文句は言わせないわ。だってこれは、貴方たちのために開かれたイベントなんだもの」



 ラルカの言葉に、子供たちは顔を見合わせる。


 彼らの瞳は絶えず揺れ動いていた。ラルカは子供たちを真っ直ぐに見つめ続ける。



「孤児院の人に見つかっても大丈夫。絶対、貴方たちに手出しはさせません。どうかわたくしを信じて」



 お願いだから届いてほしい。

 ラルカは絶えず訴えかけ続ける。



「――――本当なんだろうな? 本当に、俺たちも参加できるんだろうな?」



 どれぐらい経っただろう。リーダー格の少年が、ポツリと尋ねる。



「ええ、もちろん。必ず約束は果たします」



 ラルカが言えば、彼は躊躇いつつも腕の縄を解いてくれた。

 ふぅと小さく息を吐き、強張った身体を軽くほぐす。



「ありがとう。

さぁ、急がなくちゃね! 大丈夫、わたくしに任せて! これでもオシャレは得意なんですの!」



 ラルカはそう言ってドンと胸を叩く。

 満面の笑みを浮かべつつ、ラルカは再び子供たちへと向き直った。


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