34.イベント当日(2)
開場時間を迎えると、沢山の人々が開場へとやってきた。
幼い女の子。
その両親。
ラルカたちの狙い通り、男の子たちも多数訪れている。
加えて、年配の方の来場も多い。
ラルカたちが作成したチラシを手に、皆ウキウキと楽しそうな表情だ。
(すごい、すごい! 予想以上の人出だわ!)
チャリティーイベントというと、富裕層や、一部の意識が高い人、公益活動に力を入れていることをアピールをしたい商会などにしか興味を持ってもらえないことが多いのだが、今回は来場層が違っている。
多くの人々にイベントがきちんとアピールができたようで、ラルカはホッと胸を撫で下ろした。
「皆様、本日はご来場いただき、誠にありがとうございます」
中央に設置された壇上に上り、エルミラとアミルが挨拶をする。
ドレスアップしたラルカと、騎士装束のブラントも隣に並んだ。
「うわぁ……! お姫様だ! 素敵! 可愛い!」
「本当に居るんだ! 絵本で見たとおりだね!」
「王子様もいる!」
「可愛いドレス! あたしも着たい!」
風に乗り、子供たちのそんな声が聞こえてきた。
どの子も興奮したような面持ちで、見ていてとても微笑ましい。
自分にもあんな頃があったのだろうか――――嬉しそうに笑う女の子たちを見ながら、ラルカは目元を和ませる。
「みんな、今日は楽しんでいってね!」
エルミラのそんな言葉を合図に、華々しいファンファーレが鳴り響く。広場に拍手が沸き起こった。
さて、会場は三つのブースに分かれて運営される。
北側のブースは、主に男性や男の子たちのために設置されたもの。
こちらでは剣技や乗馬、騎士装束を体験することができる。ブラントや騎士たちが担当だ。
ブラントは後ほど、中央に設置されたステージで、模擬剣技も披露することになっている。こちらについては休憩時間を合わせてラルカも見に行く予定だ。
南側には主に女性や女の子たちのためのブースが設置されている。
数百に渡るドレスの中から、自由に、好きな一着を選んで着てもらうことが可能だ。
ブースにはエルミラの侍女や、ラプルペ家の侍女たちが多数スタンバイしており、訪れた人々の着替えや化粧を行う。宮廷絵師や王都で活動する絵師たちを抱き込んで、有料で記念の肖像画を描くサービスも準備した。
こちらのブースはラルカが責任者を務める。
最後に、中央のブース、ステージの隣には、孤児院で暮らす子どもたちや、ラルカたちがコツコツ準備した品物が並べられた。手芸品やお菓子が主な商品で、こちらのブースにはエルミラとアミルが待機し、訪れた人々へのお礼を述べ、握手等の交流を行うことになっている。
心からチャリティーに関心がある人や、年配者、王族ファンたちにはこちらのブースが最も喜ばれるだろう。
どのブースも狙い通り――――いや、期待以上の盛況ぶりだ。
ラルカは汗を拭いつつ、満足感を噛みしめる。
ふと見れば、領地から取り寄せた小さなピンク色のドレスに、幾人もの女の子たちが身を包んでいた。
「ねえお母さん、どうやったらこんなドレスがたくさん着れるようになるの?」
「わたしもお姫様になりたい!」
「わたしはドレスを作る人になりたい!」
「あっちで絵、描いてもらおうよ!」
皆とても嬉しそうに笑い声を上げ、鏡を見ながら何度も何度もターンしている。
ラルカはずっと、着飾ることが苦痛だった。面倒で、意味のないことだと思っていた。苦しいコルセットは、フリルやレースは、まるで彼女自身を縛り付ける鎖のようにすら感じていた。
けれど、ここに居る人々は、着飾ることを楽しいと、幸せなことだと認識してくれている。
ラルカにとっての苦痛が喜びに、将来の希望になってくれるのなら、こんなにも幸せなことはない。
なりたい自分を描くというのは大切なことだ。今日という日がこの子達にとって、自分がどんな生活を送りたいのかを考えるキッカケになってくれれば良いとラルカは思う。
「――――ありがとう、お姉さん!」
女の子の、嬉しそうな声が聞こえてくる。満面の笑み。ほんの少しだけ背伸びをして、紅い口紅を塗ってもらったようだ。
ラプルペ邸の侍女たちも、たくさんの人に喜んでもらえて、とても嬉しそうに笑っている。
本当は、ラルカもあんな風に『ありがとう』と伝えるべきだったのだろう。
(今からでも遅くはないかしら?)
そんなことを思いつつ、ラルカはそっと伸びをした。
***
イベントはそれ以降も、つつがなく進んでいく。
模擬剣技の披露は昼頃、ブラントとアミルが登壇した。
見目麗しい二人の剣技は、男児や男性だけでなく、女性をも強く惹きつけ、会場はその日一番の盛り上がりを見せた。
舞台袖でブラントの勇姿を見守りつつ、ラルカはほんの少しだけ眉根を寄せる。
(なんで? どうしてこんな風に感じるのかしら?)
ブラントは騎士で。剣を振ることが仕事で。
普段は見ることのできない彼の様子をカッコいいと思うのに、それ以上に何か、別の感情が邪魔をする。
「あら。ラルカでも嫉妬をするのねぇ……あんなに分かりやすく愛されてるのに、不安になるものなの?」
エルミラがそう言って、隣で肩を震わせる。
「これが……嫉妬?」
お腹の中で真っ黒な何かがグルグルと渦巻いているかのような感覚。ラルカは胸に手を当てつつ、観客に向かって手を振るブラントを見つめる。
請われて女性と握手をしている姿を見たときには、その感情はよりハッキリと鮮明に表れた。
不安とは違うかもしれない。
だが、全くもって良い気はしない。
彼は――――ブラントは――――ラルカだけのものなのに。
「あの、俺と握手をしていただけませんか?」
「へ? 握手? わたくしと、ですか?」
そんなことを思っていたら、今度はラルカの方が唐突に握手を請われてしまった。
「けれど、わたくしはしがない女官でして……」
隣りにいるエルミラならば、喜んで握手に応じてくれるだろう。王族との触れ合いを喜ぶ国民は多い。彼女の隣りにいたから、ラルカもそういう存在だと勘違いされてしまったのだろう。
「それで良いんです! 先程、女の子たちと握手をしていらっしゃったでしょう?」
「え? それは……子供たちの夢と希望を守るためと申しましょうか、お願いされたら断りづらくて」
「俺も同じです! 今日という日の記念に、是非!」
そんな風に言われてしまったら断れない。ラルカは男性の手をギュッと握る。
ふと顔をあげると、男性の背後に人だかりができていた。皆、ラルカを真っ直ぐに見つめている。どうやら握手待ちをしているらしい。一人にオーケーを出した以上、断ることはできないだろう。
(困ったわ、そろそろブースに戻らないといけないのに)
皆、面白がって列に並んでいるだけだ。そうと分かっていても、邪険にすることはできない。
これは公務で。
公益に繋がりうることで。
ラルカの行動一つで、人々が国へ抱く印象が良くも悪くもなるのだから。
けれど―――
「ラルカ、そろそろ戻らないと。あちらのブースで皆様お待ちかねですよ」
数人と握手を交わしたところで、ブラントがラルカの肩を叩く。
助かった――――ラルカは密かに胸を撫で下ろす。
残った男性に「申し訳ございません」と口にしつつ、ブラントは有無を言わさずラルカの向きを変えた。
その場から数歩離れ、南側のブースに二人で向かう。
ブラントは切なげに眉を寄せながら、ラルカの両手をギュッと握った。
「ラルカ。もしも僕が――――金輪際、僕以外の男性の手を握らないでほしいと言ったら、貴女はどう思いますか?」
ブラントの瞳が、どこか自信なさげに揺れている。ラルカは思わず吹き出してしまった。
「まぁ、ブラントさまったら……」
「やっぱり幻滅させてしまいましたか? 嫉妬なんてみっともないと。けれど僕は……」
シュンと肩を落とすブラントの姿は愛らしく、ラルカは首を横に振る。
「いいえ、ブラントさま……わたくしも先程、同じ気持ちでしたから」
「…………へ?」
いつも冷静なブラントらしからぬ素っ頓狂な声音に、ラルカはクスクスと笑ってしまう。
「わたくしも、ブラントさまが他の女性に触れるのは嫌です」
背伸びをし、頬に触れるだけのキスをする。
周囲から悲鳴にも似た黄色い声が上がった。




