33.イベント当日(1)
秋のある晴れた朝のこと。
ラルカはベッドから起き上がり、グッと大きく伸びをする。
(よしっ!)
今日は待ちに待った子供たちのためのチャリティーイベントの日だ。
天気は快晴。
気温も程よく、とても過ごしやすそうだ。
今日のためにラルカもエルミラも、それからブラントたちも、必死に準備を進めてきた。
(どうか、イベントが成功しますように)
心の底から祈りつつ、ラルカはブラントと共に屋敷を出る。
城に着くと、とても懐かしい顔ぶれが揃っていた。
ラプルペ邸――――王都の屋敷に置いてきたラルカの侍女たちである。
彼女たちは謂わば美の精鋭部隊であり、今日のイベントに最適な人材だ。着付けも化粧もお茶の子さいさい。せっかくの才能と技能を有効活用しない手はない。
だからラルカはブラントにも支援をお願いし、こうして彼女たちを呼び寄せることにしたのだ。
「今日は一日よろしくね。頼りにしてるわ」
侍女たちを前に、ラルカがニコリと微笑む。
一時期は顔を見るのも嫌だったが、ブラントに護られ、自由を手にした今では気分が違う。彼女たち以上に頼もしい存在はいない――――ラルカはそう感じていた。
「お嬢様に声をかけていただけて、私共はとても嬉しく思っております。本日は精一杯、務めさせていただきますわ」
侍女たちはそう言って、一斉に恭しく頭を下げる。ラルカは力強く頷いた。
再会の挨拶もそこそこに、エルミラと二人、大きな鏡台の前に腰を掛ける。ズラリと並べられた化粧品類。侍女たちが二人を取り囲み、身を屈める。
肌を滑る指の感触。
白粉、頬紅が塗られ、眉を整え、鮮やかなアイシャドウで目元を彩る。
目の縁にはくっきりとアイラン引き、人形のように大きな瞳をより一層際立たせる。鮮やかな色合の口紅を塗れば完成だ。
「なるほど……こうして貴女のドーリーフェイスが作られていたのね」
エルミラが隣で目を瞠る。
彼女にもラルカの侍女たちが付き、似たようなメイクが施されている最中だ。顔の造りが違うため、色合いやグラデーションの加減等、それぞれ工夫が成されている。
「これでも普段より抑えてもらってますのよ? 本来ならば、化粧と着替えで三時間はかかりますの。けれど、今日は時間も限られておりますし、後々、沢山の女性にメイクをしてもらうことになりますから」
とはいえ、短時間でもさすがの腕前だ。仕上がりを確認しつつ、ラルカは穏やかに微笑む。
「良かった……貴女は絶対断ると思っていたの。私と一緒に着替えやメイクをすること」
エルミラは侍女たちに礼を言ってから、ふわりと優雅に立ち上がる。
苦笑いをしつつ、ラルカも一緒になって立ち上がった。
「イベントを成功させるためですもの。このぐらいどうってことはありません。
エルミラさまが仰るように、子供たちに『こんな格好をしてみたい』『こんな風になりたい』と思えるお手本を用意するのも大事なことですわ」
この数ヶ月間、一度も袖を通すことのなかったピンクのドレスに身を包み、エナメル製のヒールを履く。髪は高く結い上げ、とても華やかに仕上げた。
唯一、髪飾りだけはブラントが贈ってくれたものを挿している。ほんの僅かではあるが、ラルカの自己主張の表れだ。これを身につけているだけで、どんな格好をしていても、自分を保てているような気がしてくる。ラルカはもう一度鏡の中を自分を確認し、ニコリと微笑んだ。
「さて、参りましょうか!」
気合は十分。
エルミラはそんなラルカを、満足そうに見つめていた。
***
会場は城にほど近い、大きな広場に設置された。
飾り付けは明るくファンシーに。堅苦しくて近寄りがたくならないよう、最大限に配慮をした。メイシュの好みを想像し、ラルカの好みと足して二で割ればちょうどいい塩梅になる。そういう感覚が自然に養われたという点において、メイシュに育てられて良かったとラルカは感じた。
事前設営は二日前からスタートし、主に騎士たちが担当してくれた。当日である今日は最終確認を行うだけ。
ラルカはブラントと手を繋ぎ、会場をぐるりと見て回った。
「いよいよですね、ラルカ」
ブラントがそう言って笑う。
「ええ。
ブラントさま、今日までこの日のために尽力いただき、本当にありがとうございました」
ラルカはブラントを見上げつつ、穏やかに微笑みかける。
最大限、出来る限りのことはした。
あとは結果がどう出るか、見守ることしかできない。
緊張で身を強張らせるラルカの手を、ブラントが強く握り直す。
「大丈夫ですよ。ラルカの想いがたくさん込められたイベントでしょう?」
「……ええ」
ブラントにそう言われると、何やら自信が湧いてくる。緊張で凍えた指先が、じんわりと温まっていくようだった。
「あの……ブラントさま。わたくしはこのイベントが終わったら、貴方にお話したいことがあるのです」
言いながら、ラルカは大きく息を吸う。
「どうか、聞いていただけませんでしょうか?」
上目遣いで見上げれば、ブラントは穏やかに目を細める。
「もちろん。ラルカの話なら、何時間でも、どんな話でも、お聞きしますよ」
ブラントの返答に、ラルカは嬉しそうに目を細める。
二人は互いに寄り添い合いながら、開場前のひと時を共に過ごしたのだった。




