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32.会いたかった

 広い城内を、ラルカは息を切らして走る。



(早く……早くブラントさまにお会いしたい!)



 手紙をありがとうと――――会えなかった日の分だけ『お疲れ様』『おかえり』と伝えてやりたかった。


 それから、ラルカも寂しかったと――――ブラントに会いたかったということを。



 行き交う文官たちがラルカを見ながら目を瞠る。普段はお淑やかで、慌てること、はしたない事をすることのない彼女のこういった姿は珍しい。


 周りからの視線を感じて尚、ラルカは自分を止められなかった。

 一刻も早く、ブラントに会いたい――――その一心で、ラルカはアミルの執務室へと急いだ。



「あ、あの……こちら、エルミラ殿下からお預かりした書類なのですが」



 肩で息をしながら、ラルカは取次の騎士たちへと声をかける。

 騎士たちは常ならぬラルカの様子に不思議そうな表情を浮かべつつ、至極穏やかに微笑んだ。



「ありがとうございます、ラルカ嬢。こちらは私共から殿下にお渡ししましょう」



 余程大事な書類なのだろう――――安心するようにと言われ、ラルカは思わず目を瞠る。


 ここであっさり引き下がっては、ブラントに会うことができなくなる。

 ラルカはずいと身を乗り出し、騎士たちを必死に見上げた。



「あの、ソルディレンさまは――――ブラントさまはご在室でしょうか? わたくし、ブラントさまに書類を託したいのですが……」


「え? ブラント、ですか?」


「はい。エルミラさまにも彼に渡すようにと強く言付けられておりまして……」



 ようやくそこで騎士たちは、ラルカの来訪目的に気づいたのだろう。困ったように微笑みつつ、互いに顔を見合わせる。



「かしこまりました。すぐに呼んで参りますので、少々お待ちいただけますか?」


「はい、お願いいたします」



 良かった。なんとか意図が伝わったようだ。

 ホッと胸を撫で下ろしながら、ラルカは息を整える。


 取次の騎士が執務室に入って僅か数秒後のこと。バン! 大きな音を立てて扉が開いた。



「ラルカ!」



 ブラントだ――――そう思う間もなく、ラルカは勢いよく抱きしめられる。


 ふわりと香る汗の香り。いつもきっちりと揃えられたヘアスタイルや服装も、今日はどこか草臥れていて精彩を欠いている。


 けれど、何故だろう。

 ラルカはそんな彼のことを愛おしく思った。



 ブラントをギュッと抱き返しつつ、胸に顔を埋める。心地よい心臓の音が聞こえ、酷く安心した。



「――――会いたかった」



 耳元でそう囁かれ、ラルカの胸が温かくなる。



(良かった……)



 エルミラの言う通り、会いたいと思っていたのは自分だけじゃなかったのだ――――そう考えながら、ラルカは自分自身の気持ちに気がついた。



「わたくしも、ブラントさまに会いたかったです……」



 言葉にすると、驚くほどにしっくりと来る。



 ラルカは本当はずっと、ブラントに会いたかったのだ。



 ブラントの顔が見たい。

 声が聞きたい。

 こんな風に抱きしめてほしいと、ずっとずっと思っていた。


 結婚とか、今後二人の関係をどうしていくべきかとか、そんなことはどうでも良い。

 ラルカは今、ブラントと共にいたかった。



(きっと、ブラントさまも同じ気持ちだったのね……)



 ブラントは以前、結婚は急がなくても良いと言っていた。あの時は理解ができなかったが、きっと、彼の言葉に嘘偽りはない。



 ブラントはただ、ラルカの側に居たかった。ずっとずっと、側に居られる位置に居たかった。だからこそ、婚約を結んだし、いずれは結婚をと望んでくれている。



「ラルカ、きちんと食べていますか? 眠れていますか? 仕事は? きちんと帰れていますか?」


「それはこちらのセリフですわ。この数日で少し痩せてしまったのではありませんか? きちんと食べなきゃダメですよ?」


「それは……僕はもう、ラルカと一緒でなければ、食事が美味しく感じられなくて」



 頬を寄せ合い、二人は互いを慈しむ。

 くっきりと隈のできてしまったブラントの目元を撫でつつ、ラルカは困ったように微笑んだ。



「こんなになるまで頑張って……アミル殿下にクレームを入れなければなりませんわね。わたくしの大切な婚約者を早く家に返してください、と」



 その瞬間、ブラントは思わず目を瞠る。

 ラルカの笑みをまじまじと見つめながら、彼は己の頬をギュッとつまんだ。



「ラルカ、それは……良いんですか? 僕は愚かだから、自分に都合の良いように捉えてしまいますよ? そういえば、先程も僕に会いたかったと――――」



 ラルカ自ら『婚約者』と表現をしてくれた。大切な、という形容詞までセットだ。

 信じられない、といった表情で、彼は瞳を震わせる。

 ラルカはすっかり紅くなってしまったブラントの頬を優しく撫でた。



「ええ。わたくしは、ブラントさまにお会いしたかった。会えない間、とても寂しく思っておりましたわ」



 もう一度、しっかりとブラントを抱きしめる。互いの体温が数度、上がったかのような心地がした。



「ただ、申し訳ないことに、今後どうしていきたいかについては、まだきちんとした答えが出せていませんの。元が独身主義ですし、やりたいことや考えたいことが山程ございますから。

それでも、今、わたくしは貴方と共に居たいのです」



 ラルカの告白に、ブラントは心を震わせる。



「もちろん、それで構いません。僕が貴女との未来を願っているのは間違いありませんが、まずは、かけがえのない今を積み重ねていきたい。ラルカと共に居られるだけで、僕は幸せなのですから」



 きっと、ラルカなりに必死に考え、出してくれた答えなのだろう。それが分かっているだけに、ブラントは嬉しくてたまらない。



「わたくしも、幸せですわ」



 うっとりと瞳を細めつつ、ラルカは微笑みを浮かべる。



「明日からは使用人たちに、昼食を準備してもらいますわ。執務室にお持ちしますから一緒に食べましょう? そのぐらいの休憩時間は、アミル殿下に確保していただかなければ。これ以上痩せ細ってはいけませんもの。

それから、今後は着替え等、必要なものがあれば侍従ではなくてわたくしがお持ちしますわ。そうしたら、毎日少しの間でもお会いできるでしょう? ……ダメ、でしょうか?」



 ブラントに迷惑をかけたくない。わがままを言ってはいけない――――これまでは遠慮していたが、二人の気持ちは同じなのだ。ラルカは素直に、自分がしたいこと、してやりたいことを口にする。



「ダメなはずがありません。すごく――――ものすごく嬉しいです」



 ブラントはそう言って、今にも泣きそうな表情で笑う。

 ラルカはブラントの頭をそっと撫でた。



 これまで散々甘やかされた分、ブラントのことも甘やかしてやりたい。彼の望むことをしてやりたいと想う。



(先程、今後のことは未だ答えが出せていないと申しましたけれども)



 『共に居る今』を積み重ねていく内に、今は見通すことのできない未来が出来上がっていくのだろう。


 嬉しそうなブラントを見つめつつ、ラルカは満面の笑みを浮かべるのだった。


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