3.出口のない迷路
メイシュが訪れて以降、ラルカの日常は激変した。
早朝から侍女たちに身体を磨き上げられ、濃い化粧を施される。
薄紅や朱色、ときにバラのような鮮やかな頬紅を振るい、目の周りを黒くしっかりと縁取られる。まつ毛には長く濃く見えるよう染料を塗り、唇は殊更鮮やかに染め上げる。
「ラルカは可愛いから、どんな色を塗ってもよく似合うわね。こんなに真っ赤な口紅、ブサイクがつけたら悲惨だもの」
メイシュは満足気に微笑みながら、心ゆくまでラルカを眺め称える。
化粧が終わると、メイシュが見守る中、何着も何着も着替えをし、彼女の気分にあった一着を選ぶ。
色はピンクが大半で、フリルや刺繍、レースがふんだんに使われた似たようなデザインが殆どだが、それでもラルカの知らないうちに新しいドレスがクローゼットに増えていく。
何種類もの髪型を試し、ドレスや髪型に似合うジュエリーを選んだらようやく完成。朝食へと移る。
食事は贅を尽くしたコース料理で、朝から胃もたれに悩まされる。
画になるからという理由で、ガーデンテラスでのお茶やデザートを強制された後、ようやく解放。
出勤した頃にはクタクタになっている。
けれど、それでも尚、ラルカは働きたくてたまらなかった。
ラルカが侍女に戻ったのか、ラプルペ家から確認がきたものの、エルミラに仕える全員が口裏を合わせてくれている。
仕事の内容については今のところ、上手く誤魔化せているようだ。
(このまま姉さまが領地に帰るまで乗り切れれば……!)
そんな風に思うものの、メイシュは一向に動こうとしない。ラルカを着飾って楽しみながら、優雅な王都生活を謳歌している。
ラルカには、メイシュの目的が何なのか、皆目見当がつかない。
けれど、そうして二週間が過ぎ去ったある日のこと、事態が唐突に動き出した。
「お見合い……?」
「ええ! 貴女もそろそろ、結婚すべき頃合いだと思うの」
ニコリと満面の笑みを浮かべ、メイシュはラルカの頬を撫でる。
「侍女なんていつまでも続けられる仕事じゃないでしょう? 貴女は誰よりも可愛いけれど、あれは若い令嬢のポジションだものね。
それよりも、良い人と結婚して、夫人として社交に勤しむのが、これからの貴女が目指すべき姿だと思うの」
もっともらしい姉の主張に、ラルカはしばし呆然としてしまう。
「けれど姉さま、わたくしはもっと今の仕事を頑張りたい! エルミラ殿下や国の役に立ちたいですし、働くことが楽しいのです」
そもそも、この国において結婚は義務じゃない。
貴族の結婚には何かと金が掛かるし、ラルカは次女。十八歳になるまで婚約のコの字も出てこなかったし、無理にする必要もないと思っていた。
第一、女性の場合、結婚以降は殆どの人が仕事を辞めてしまう。辞めなきゃいけないという決まりはないが、当然辞めるものという風潮がある。
結婚後も王族の教育係や乳母として働く女性も居るが、タイミングの関係もあるし、今よりもずっと狭き門だ。
「あらあら、貴族の夫人だって立派な仕事よ?」
メイシュはそう言って、大きく首を傾げる。
「家を守り、夫の仕事を支え、誇り高い華として生きていく。今している仕事と、一体何が違うというの?」
「それは…………」
返す言葉が見つからない。ラルカは眉間にシワを寄せた。
メイシュはふわりと微笑むと、侍従たちに目配せをする。すると、ラルカの目の前に、釣書がドサリと重ねられた。
「この二週間の間に私が見繕った貴女の結婚候補者たちよ。家柄も将来性もバッチリな殿方を選んだから、ラルカもきっと気にいるわ。もちろん、全員とてもハンサムなの!
当然よね。とびきり可愛い貴女の隣には、最高に素敵な男性が並ばなきゃいけないんだもの。
ああ! 結婚式が今からとても楽しみだわ! 最高に素敵なウエディングドレスを準備しなくちゃ! 想像するだけでワクワクしちゃう」
夢見る乙女のような表情を浮かべ、メイシュはそっと天を仰ぐ。
「そういうわけだから。きちんと候補者を選ぶのよ! 貴女の婚約を見届けるまで、私は王都を動かないから」
メイシュはそう言ってドレスの裾を翻し、颯爽と部屋をあとにする。
残されたラルカは、しばし呆然としてしまった。
(結婚? わたくしが?)
つい先日、強制退職の危機を免れたばかりだというのに、更なるピンチに見舞われてしまった。
メイシュがあんな風に言うからには、結婚後は間違いなく仕事を続けさせてもらえない。侍女と文官の仕事の棲み分けを誤魔化すのとはわけが違う。
(どうしましょう)
ラルカとしては、まだまだ仕事を続けていきたい。
ようやく見つけた自分の居場所だ。能力だ。
主人であるエルミラにも実力を認められ、頼りにされている。簡単に諦められるものじゃない。
けれど一方で、メイシュには一刻も早く領地に戻って欲しいと思う。
これ以上、きせかえ人形のような生活を送るのはゴメンだ。
濃い化粧も、豪華なドレスも、他人が羨むような生活も、ラルカには不要だ。寧ろ鬱陶しいとすら思う。
ラルカはただ、元の自由な生活を取り戻したかった。
しかし、悲しいかな。そのためには、ラルカは誰かと婚約をしなければならない。
まるで、出口のない迷路に迷い込んだかのような気がした。