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29.ブラントの告白(2)

 ブラントの告白に、ラルカは思わず耳を塞ぎたくなった。

 彼の想い人は既に分かっているが、それでも面と向かって聞きたくはない。


 無意識に顔を逸らそうとするラルカの頬を、ブラントが両手で包み込む。



「ブラントさま、わたくしは……」


「聞いてください、ラルカ」



 ブラントは真剣な眼差しでラルカを見つめる。



「僕が結婚を望んでいるのは事実です。けれど、時期は今でなくても良い。

何故ならラルカ――――相手は貴女でなければ意味がないからなんです」


「…………え?」



 言葉の意味がすぐには理解できず、ラルカは呆然と目を見開く。

 ブラントは困ったように笑いながら、ラルカのことを抱き締めた。



「僕が恋い焦がれる人は――――結婚したいと思う女性はラルカだけです。

この三年間、ずっとずっと、貴女だけを想ってきました。

貴女に近づきたくて――――相応しい男になりたくて、僕はアミル殿下の側近を目指したんです」



 少しずつ、少しずつ、ブラントの言葉が胸に染み込んでいく。

 理解が進むにつれ、ラルカの頬は紅く染まり、心臓がバクバクと早くなっていった。



(ブラントさまが、わたくしを?)



 俄には信じがたい話だが、彼が嘘を吐いているとも考えづらい。真っ赤な頬、早い鼓動、熱い眼差しが彼の想いを如実に物語っている。ブラントの身体は緊張のせいか、小刻みに震えていた。



「けれど、ようやく僕がアミル殿下の側近になれた頃には、ラルカは既にその頭角を存分にあらわし、妃候補になっていらっしゃいました。

あのときは本当に焦りましたし、彼の側近になれて良かったと心から思いました。

もしもアミル殿下がラルカを指名してしまったら、僕がラルカと結ばれることは永遠になくなってしまいますから」


「そ、れは……」



 絶対に無かったとは言い難い。

 アミル自身が、もしもブラントが居なければラルカと婚約を結んでいただろうと話していたぐらいなのだから。



「以降も、並み居るライバルたちを抑え続け、貴女の婚約者候補に躍り出るのはとても大変でした。ラルカはご覧になっていないようですが、僕は貴女のお姉さまが用意した釣書きの中に――――候補の中に入っていたのですよ?」


「そう、なのですか?」


「ええ。だからこそ、婚約を提案したあの日、僕は貴女が婚約者を探していることを知っていたのです」



 思い起こしてみれば、確かにあの時、ブラントはラルカが婚約者を選んでいる最中だと知っていた。噂になっているのかと邪推したものの、真相はなんてことはない。単にブラントがラルカの婚約者候補であり、彼女との結婚を強く望んでいたからこそ、内情を知っていたというだけだったのだ。



「――――本当はあの時『僕と結婚してほしい』とラルカに伝えるつもりでした」


「え?」



 予想だにしないことを言われ、ラルカは思わず目を丸くする。



「婚約者候補はあくまで候補でしかない……ラルカが誰を選ぶか、あの時の僕は気が気じゃありませんでした。

けれど、僕はどうしてもラルカと結婚したい。貴女を誰にも渡したくない。

ですから、正直に気持ちを打ち明けようと――――僕を選んでほしいと伝えたくて、あの日貴女の後を追ったのです。

けれど、貴女は結婚自体を望んでいなくて……」



 切なげな表情。ラルカは小さく目を瞠る。

 あの時ブラントは、一体どんな気持ちだったのだろう? 彼の気持ちを想像すると、何だか苦しくなってしまう。


 ラルカの考えに気づいたのだろう。ブラントは小さく首を横に振った。



「ラルカが気にする必要はありません。結婚したくないという貴女の想いは、尊重されて当然のものですから。寧ろ、本心が聞けて良かったと思っています。

けれど、これだけは知っておいてください。

僕は自分の意志で、貴女の婚約者になることを選びました。

いつか、貴女が誰かと結婚する日が来るなら、相手は僕でありたい――――あの時も、今も、心からそう思っています。

他の誰にも渡す気はありません。それがアミル殿下であっても」



 熱っぽく見つめられ、手の甲に恭しく口付けられ、ラルカの身体が熱くなる。恥ずかしさと驚きのあまり、どこかへ走り出したい気分だ。

 けれど、ブラントはラルカを逃がす気はないらしい。がっしりと腰を抱かれ、手を握られてしまっている。



「ブラントさま、だけど、あの……貴方を変えたというのは、本当にわたくしなのでしょうか? なにかの間違いではございませんか?」



 それは、先程からずっと気になっていたこと。

 残念ながらラルカには、思い当たる節が全くない。ブラントが一途に想ってきたのは、実は別の女性なのではなかろうか。だとすれば、あまりにも申し訳ないことだが――――。



「『少なくとも貴方は、ご自分の道を自分で選んでいらっしゃるじゃありませんか』」


「…………え?」


「三年前、初めて出会ったその日に、ラルカが僕にくれた言葉です。

あの頃の僕は、プライドが高く、幼く、それから傲慢でした。実力も経験もなく、生意気で――――先輩たちに毎日厳しい言葉を投げかけられ、しごかれ、それから腐っていました。

こんなはずじゃない! 僕を認めない彼奴等が悪いんだ! そんな風に嘆いていたとき――――僕は貴女に出会ったのです」



 ブラントはそう言って穏やかに微笑む。

 ラルカは「あっ」と小さく息を呑んだ。



『わたくしはね、姉さまが【そうしろ】と言うからここに来たんです。

ドレスも靴も、髪型もお化粧も、毎日姉さまや侍女たちが言うとおりにするの。だから、迷うことなんて一つもなかったのよ?

けれど、エルミラさまや他の侍女から【それじゃダメよ】と教えられて。どうしたら良いのか分からなくなってしまって……』



 星空の下、自分と同じぐらいの身長をした男の子と、そんな会話を交わした記憶が蘇ってくる。



 あの頃のラルカは、まだ侍女として働き始めたばかりだった。

 当時はメイシュの影響で、自分で何かを選ぶことも、考えることも、極端になかった。


 だから、いきなり『選べ』『考えろ』と命じられ、どうしたら良いのか途方に暮れていた。


 自分にはなにか欠陥があるのではないか。

 人と同じように生きるのは無理なのではないか――――そんな風に悩んでいたときにラルカが出会ったのが、ブラントだったのである。



「『貴方はすごいわ。自分で騎士になりたいと思ったのでしょう? 思い通りにいかないと嘆けるほどに、理想を描けているのでしょう? 貴方はとても頑張っています。他の誰が認めなくとも、わたくしは貴方をすごいと思いますわ』

――――ラルカはあの日、僕にそう言ってくれました。

とても些細な言葉だけれど、それはあの日、あの時の僕が求めていた全てでした。

僕は誰かに『頑張っている』と言われたかった。認められたかった。

諦めず、このまま真っ直ぐに進んで良いんだと、背中を押してほしかったんです」



 ラルカの記憶の中の少年が、今のブラントと重なっていく。


 体中傷だらけで、痛々しくて。けれどそれでも『負けたくない!』と全身で叫んでいた幼い日の彼。

 どうしてそこまで? と尋ねるラルカに、ブラントは『自分が選んだことだから』とそう口にした。


 その時ラルカは初めて、自分に足りないものは何なのか――――エルミラや他の侍女たちが、自分に何を伝えたいのかが分かった気がした。



『貴方がこんなに頑張っているんですもの。わたくしもきちんと、自分の気持ちと向き合ってみたいと思います。仕事も――――人に言われたことをするんじゃなくて、わたくしに求められているのは何なのか、考えてみます』



 自分とはなんなのか。

 選ぶとはどういうことか。



 人形のような人生が当たり前だった。それで良いと思っていた。

 どれでも良い。

 何でも良い。

 失敗をしても、成功しても、何も感じることはない。



 けれど、それじゃいけない。

 このままじゃいけない。



 自分の人生に責任を持たなければ。

 本気を出して生きなければならない。



(わたくしを変えたのは、ブラントさまだったのね……)



 悔しげに涙を流す幼い日のブラントを見て、ラルカは『変わりたい』とそう思ったのだ。

 記憶が鮮明に蘇り、ラルカの心がぶるりと震える。

 ブラントはラルカの両手をギュッと握った。



「――――もしもあの時ラルカに出会わず、騎士を辞めて文官になっていたとしたら……僕は今頃、アミル殿下にお目通りすら叶っていなかったと思います。大した仕事も任せられず、周囲を責め、漠然と仕事をこなしながら生きていたことでしょう」


「ブラントさま……」

 

「僕はラルカと出会ってから、自分の選択を誇れるようになりました。心から誇れるよう、生きていきたいと思いました。

ラルカが認めてくれた僕だから――――もう一度自分を信じてみようと。腐らず、一から頑張ろうと思いました。

ラルカが僕を変えてくれたのです」



 ブラントの微笑みは至極温かい。その温もりを味わうようにラルカはそっと目を瞑る。



「ラルカ。これで僕が、貴女を愛していると――――そう信じてくれますか?」



 けれど次の瞬間、ブラントが手の甲に再び口づける。ラルカはひゃっ! と大きく飛び上がった。



(そうでしたわ……!)



 昔話で和み、すっかり忘れてしまっていたが、元々そういう話の流れだった。



「初めて会ったその日から、僕の心は貴女のものでした。ラルカは誰よりも美しく、純真で、真っ直ぐで――――日々変わっていく貴女が、何よりも眩しかった。気付けばいつも目で追っていて、幸せで――――活き活きと仕事をする貴女を見ることは、僕の心の支えでした。

相応しい男になって、もう一度貴女に会いに行こうと、ずっと決めていました」



(ブラントさまは、本当にわたくしのことを……)



 心のなかで呟きつつ、少しずつ実感が湧いてくる。頬がありえない程に熱を帯びていくのが分かった。



「今すぐ答えが欲しいとは言いません。ラルカに不自由な思いをさせたくない。僕の想いが負担になって、嫌われたくはありませんから。

けれど、ゆっくりで良い。僕と生きることを考えてほしい」



 ブラントはそう言って、真剣な表情でラルカを見つめる。



「ラルカ――――僕は貴女を、心から愛しています」


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