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28.ブラントの告白(1)

「殿下、そろそろ良いでしょう?」



 ちょうどその時、頭上から声が聞こえてきて、ラルカはハッと顔を上げた。


 見れば、不機嫌そうな表情を浮かべたブラントがこちらを真っ直ぐに見つめている。


 エルミラは他の人間と交流をしているらしく、今この場には居ない。ラルカは思わず小さく息を吐いた。



「お前は……本当に『待て』ができない男だな。気の短い男は嫌われるぞ、ブラント?」



 アミルは呆れたように笑いながら、満足そうに瞳を細める。

 ブラントは眉間に軽く皺を寄せると、ラルカをグイッと抱き寄せた。



「いいえ、もう十分過ぎるぐらい待ちました! 殿下はときに、碌でもないことをしでかすお方ですからね。エルミラ殿下とお話をしながら、僕は気が気じゃありませんでしたよ」


「失敬な。楽しく交流を深めていただけだぞ。なぁ、ラルカ嬢?」


「ええ、殿下。とても楽しいひと時でしたわ」



 二人に余計な気遣いをさせてはいけない。ラルカはグッと気を引き締め、何でもないふりをして見せる。


 けれど、何故だろう。ブラントは僅かに目を見開くと、アミルのことを軽く睨んだ。



「殿下――――貴方まさか、ラルカに変なことを吹き込んでないでしょうね?」



 疑問口調ではあるものの、その瞳は確信に満ちている。


 ブラントはラルカの表情が浮かないことに気づいていた。あまりにも些細な変化ゆえ、他のものには――――エルミラにすら気付けないだろうが。


 怪訝に思いつつ、アミルは小さく首を傾げる。



「変なこととは大げさな。俺はただ、ラルカ嬢が俺の妃候補だったことを伝えただけだ」


「なっ……!? 本当に一体、何てことを! そんなこと、今更言う必要ないでしょう!? ラルカが気に病んだらどうするんですか! 大体、もしもラルカが妃になることを望んでしまったら……」



 ブラントはグッと言葉を呑み込みつつ、ラルカを庇うようにして前に立つ。



「だが、事実だろう? おまえが『絶対にラルカを妃に選ばないでほしい』と言うから、ずっと保留になっていただけだ。

けれど、ラルカ嬢本人にだって、知る権利も選ぶ権利もある。

大体、そんなことを根回しするために、俺の側近を目指すバカはそう居ない。お前の覚悟と想いだって、きちんと知ってもらうべきだ――――なあ、そう思わないか? ラルカ嬢?」


「…………え? えぇと……はい、そうですわね?」



 ブラントの背後で、ラルカがそっと首を傾げる。



(あら? ブラントさまがアミル殿下の側近を目指したのは、エルミラさまのため……よね?)



 今のアミルの発言は、先程立てたばかりの仮定と上手く繋がらない。


 よくよく考えてみれば、アミルの近衛騎士になれば、確かにエルミラと接近できる可能性は格段に上がる。だが、それよりエルミラ自身の近衛騎士を目指した方が、遥かに効率が良い。顔も名前も覚えてもらえるし、有能さをアピールする機会だって大いにある。


 そもそも、ブラントは根回しをする程に、ラルカが妃に相応しくないと思っていたのだろうか?


 アミルの言葉を逡巡しながら、ラルカはますます混乱してしまった。



「とにかく、勤務時間ももう終わりですし、僕とラルカはこれで失礼します。

ラルカ、帰りましょう?」



 ブラントはそう言って、ラルカの手をギュッと握る。

 彼の笑顔は真っ直ぐラルカだけに向けられていて。何故だか無性に目頭が熱くなった。



***



「殿下が変なことを言ってすみません。随分と困惑させてしまいましたね」



 屋敷に帰り着くと、ブラントはラルカをお茶へと誘った。

 馬車の中でも浮かない表情をしていたラルカを心配してのことだ。



「いいえ、ブラントさま。ブラントさまが悪いわけではございません」



 ブラントに心配をかけていることは分かっている。けれど、ラルカは上手く自分を取り繕うことができなかった。

 申し訳なさを感じつつ、ラルカはそっと俯く。



「わたくしはただ……どうしたら良いか分からないのです」



 アミルには先程『ブラントの想いに応えるように』と言われた。


 彼の想いに応えること――――それは彼と別れ、自由にしてやることを意味するのだろう。


 簡単だ。

 たった一言、『婚約を解消しよう』と言えば済む話。

 元々そういう約束なのだし、期限が少し早まっただけだ。


 なのに何故だろう――――ラルカはどうしても、そう口にしたくなかった。



 メイシュから離れるという目的ならば、アミルの妃になれば叶えられる。

 仕事をしたいという願いも、ブラントでなくとも叶うだろう。


 けれど、ブラントの方の願いは、ラルカと婚約していたら、永遠に叶うことがない。



 手放さなければ――――わたくしでは駄目なのだから。



 ラルカの瞳から涙がポタポタと零れ落ちる。



「ラルカ⁉」



 ブラントは慌てて、ラルカの隣へ移動した。

 ラルカの背中を擦りながら、彼女の手のひらをギュッと握る。



「すみません、僕がもっと早くに迎えに行っていれば! 貴女にこんな想いはさせなかったのに……」



 悔しげに顔を歪めるブラントに、ラルカは首を横に振る。



「違うんです、ブラントさま。そうじゃないの……。

わたくしの方こそ、貴方に謝らなければならないことがあるんです」


「僕に? 一体何を……」



 尋ねられ、ラルカはしばし唇を噛む。


 本当はまだ、言葉にしたくない。

 このときを――――彼との関係を、終わらせたくない。


 けれど、言わなければ。

 自分のわがままで、ブラントの幸せを台無しにしてはいけない。


 ラルカは意を決して口を開いた。



「ブラントさま……ブラントさまは本当は――――結婚を望んでいらっしゃった。貴方には他に、想い人が居らっしゃるのでしょう?」


「――――え?」



 全く思いがけないことを尋ねられ、ブラントは困惑の表情を浮かべる。



「アミル殿下からお聞きしたのです。貴方は三年も前から、一途に一人の女性を思い続けているのだと。結婚を心から望んでいらっしゃるのだと。

それなのに、わたくしが悩みを打ち明けたから――――貴方の気持ちに嘘を吐かせて、仮初の婚約まで結ばせてしまって。

本当に……本当に申し訳ございません!」



 ラルカはそう言って、床に擦り付けんばかりに深々と頭を下げる。ブラントは思わず目を見開いた。



「……え?」



 何が、どうして、ラルカはそんな思い違いをしているのだろう?

 ブラントは困惑しつつ、ラルカを呆然と見つめる。



「ブラントさまは優しいから、わたくしを放っておけなかったのでしょう?

わたくし本当に、なんとお詫びを申し上げたら良いか……」



 はじめから、二人の関係は等価交換などではなかった。

 ラルカだけが得をする、一方的な関係だった。

 けれど、彼はそんな様子をおくびにも出さなかった。

 そんなブラントの優しさに、どれほど救われたことか。


 ラルカはブラントに向かって、ひたすらに頭を下げ続ける。



「ラルカ、それは違います。僕は……」



 あまりにも苦しげなラルカの表情。ブラントはゴクリと唾を飲む。


 このままではいけない。


 彼は大きく息を吸い、逡巡し――――それから腹を決めた。


 ラルカの顔を上向け、真っ直ぐに見つめる。



「ラルカ、やはり謝るのは僕の方です。

確かに僕は嘘を吐いていました。

僕にはずっと結婚を望んでいる人が――――心から愛している女性が居ます」


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