26.アミルの質問(1)
「ブラント――――全く、何のための会だと思っている」
けれど、そうこうしている内に、背後からそんな声がかけられる。
振り返れば、そこにはラルカとブラントの主人――――エルミラとアミルが並び立っていた。
「殿下!」
先程までラルカに言い寄っていた男性陣は、アミルの姿を確認すると、そそくさとその場を去っていく。残ったのはラルカたち四人だけだ。
「何のための会って、それは――――しかしですね……」
「しかしですね、じゃない。
おまえのせいでイベントが失敗したらどうする? ラルカ嬢はエルミラの要。できる限り多くの人間と交流させるべきだろう?」
呆れたように笑うアミルに、ブラントはウッと口を噤む。
「と、いうわけで。少し話をしようか、ラルカ嬢」
ブラントからラルカを掠め取り、アミルは意地の悪い笑みを浮かべた。
「殿下⁉ 一体何を……」
「ん? 俺はラルカ嬢と話がしたいと言っている。聞こえなかったのか?」
どこか飄々としたアミルの態度。ラルカは時折エルミラと目配せをしつつ、頭上で繰り広げられるやり取りを呆然と見守る。下手に口を挟めば、火に油を注いでしまいそうだ。
「いいえ、殿下。きちんと聞こえていますよ。
ですが、そもそも貴方はラルカと接点を作る必要などないでしょう? やり取りはすべて、僕たち従者を通して行うのですから」
「妹の側近と話がしたいと思って何が悪い? 王族とのやり取りは従者を通すという決まりはないのだし、交流しといて損はないだろう? 余裕がない男は嫌われるぞ、ブラント」
ニヤリと瞳を細めつつ、アミルはラルカの肩を抱く。ブラントはグッと歯を食いしばった。
「しかし――――」
「まあまあ。ブラントは私と話をしましょう? 色々と尋ねたいこともあるし。それとも、私じゃ不足かしら?」
そう口にしたのはエルミラだった。ニコニコと上機嫌に微笑みながら、ブラントの背をグイグイ押す。
エルミラにそんな風に言われて「はい」と答えられるわけがない。ブラントはグッと口を噤み、眉間にそっと皺を寄せる。
「じゃあな、ブラント。精々エルミラに振り回されるが良い」
さあ、と促され、ラルカもアミルの後へと続く。元より選択肢はないものの、ラルカはなんとなくブラントのことが気になってしまう。
「ラルカ!」
その時、背後からブラントに呼び止められて、ラルカは思わず振り返った。
彼の瞳は不安げに揺れ、ラルカを真っ直ぐに見つめている。
「ブラントさま……?」
「――――また、後で」
他に言いたいことがあったのだろうか? ブラントはそう口にして、どこか困ったように笑う。
何故だろう。
なんてことない一言なのに、ラルカの心は大いに揺さぶられてしまう。
「はい、また後で」
彼と同じ言葉を返し、ラルカは穏やかに目を細める。
去りゆく二人の後ろ姿を見守りつつ、アミルが小さく息を吐いた。
「お前の婚約者は過保護だな」
頭上で響く呆れたような声音。なんと返事をすべきか迷いつつ、ラルカはそっとアミルを見上げた。
「――――仕方がないか。あいつは俺のことが余程信用できないらしい」
「まぁ、そんなことは……ブラントさまは殿下のことを心からお慕いし、尊敬していらっしゃいますわ」
短い付き合いだが、ブラントがアミルを信用していることは疑いようがない。思わず身を乗り出せば、アミルは「いや、違うんだ」と首を小さく横に振った。
「あいつが俺の側近を目指したのだって、元を辿れば不純な動機からだ。今は信用してくれているようだが、ブラントの優先順位は昔から一つも変わっていない。あいつは――――君のことが心配でたまらないらしい」
アミルはそう言って、ぶっきら棒な手付きでラルカを撫でる。なんとなく歯切れの悪い様子に、ラルカはそっと首を傾げた。
「君は、俺の妃候補に入っていたことを知っていただろうか?」
「へ? ……どなたが、ですか?」
「ラルカ嬢が。
君は俺の妃候補だったんだ」
それはあまりにも予想だにしない発言で。
ラルカは大きく首を横に振る。
「いいえ、殿下。そんなまさか……」
「まさか、ではない。君は由緒正しき伯爵家の令嬢で、美しく、何より国を大事に想ってくれている。エルミラの元で、精力的に公務をこなしてきた実績もある。優秀な才女との呼び声も高かった。妃に相応しい――――適任だと考えるのは当然だろう?」
ラルカはしばし呆然としてしまう。
言葉の意味はわかるのだが、内容がちっとも飲み込めない。
彼女にとっては、本当に寝耳に水の話だった。
ラルカは色恋沙汰には疎くとも、仕事に関する噂ならば積極的に集めるようにしている。
それなのに、自身がアミルの妃候補だという話は、ついぞ耳にしたことがなかった。
「どうやら本当に知らなかったようだな――――エルミラは律儀に約束を守っていたらしい。
だが、もしもブラントが居なかったら、君は今頃俺の婚約者だっただろう。
或いは――――順番が入れ替わっていたなら、結果は大きく変わっていたに違いない」
「え? どうしてここでブラントさまのお名前が……?」
思わずそう呟いたものの、それより、最後の含みのある発言の方が問題だ。
(順番が入れ替わっていたなら、ってどういうことなのかしら?)
ラルカは首を傾げつつ、しばし考えを巡らせる。
けれど、アミルは答えをくれる気はないらしい。意地悪い笑みを浮かべつつ、ラルカのことをじっと観察していた。
「なぁ、ラルカ嬢。ブラントと君は仮初の婚約者なのだろう?」
「……どうしてそのことを? ブラントさまにお聞きになったのですか?」
肯定の意味を込め、アミルはゆっくりと頷く。
ラルカと同じように、ブラントの方もアミルに事情を打ち明けたらしい。多少の困惑を覚えつつ、ラルカはアミルを見上げる。
「俺は君の事情を――――ブラントと交わした約束を知っている。
その上で君に問おう。
ラルカ嬢。
今、俺が『妃になってほしい』と尋ねたら――――君は一体、なんて答える?」




