22.二人の休日(4)
ブラントから贈られた髪飾りを身につけ、二人は再び街に出る。
状況は先程と変わっていないというのに、ラルカは何故か、とてもソワソワしてしまった。
「実はこの後、行きたいところがあるんです」
「もちろんですわ。どちらに参りましょう?」
「劇場に。話題の演目があるらしく、ラルカと見てみたいと思いまして」
ブラントはそう言って穏やかに微笑む。ラルカはパッと瞳を輝かせた。
「もしかしてそれって、平民だと思っていた女の子が、実はお姫様だったっていうお話ですか?」
「そうです。もしかして、既にご覧になりましたか?」
少しだけバツの悪そうな表情を浮かべるブラントを前に、ラルカは首を横に振る。
「いいえ。けれど、エルミラさまと一緒にお話をしておりましたの。
これからは女性であっても思うまま、強く生きて良いのだというメッセージが込められたお話だそうで」
この国では、女性の地位はまだまだ低い。女性で王位に就いたものも存在しない。
けれど、海外では女王の立つ国もあるらしく、これから見に行くお芝居はそれをモデルにしたものなのだという。
自立精神の――――とりわけ、『女性であっても活躍したい』という想いの強いラルカとエルミラの二人は、是非見てみたいと話していたのだ。
「嬉しい……! とても楽しみですわ!」
「それは良かった。ラルカならそう言ってくれるんじゃないかと思ったんです」
ブラントはそう言ってニコリと笑う。心臓がまたもやトクンと鳴った。
(もしかしてこれも、わたくしのため……?)
心のなかで呟きながら、ラルカはほんのりと首を傾げる。
ブラントはいつだって、ラルカのことを一番に考えてくれる。
何が彼女の望みなのか。
どうしたら喜ぶのか。
好きなものは。
願いは。
これから、どんな風に生きていきたいと考えているのか。
まるですべてを見透かされているようだとラルカは思う。
けれど、それがちっとも嫌じゃない。
ブラントが用意してくれたボックス席で、二人並んで観劇をする。
事前評判の通り、劇はとても楽しかった。
内容も去ることながら、俳優たちの熱意と愛情に溢れ、見ているものの心を大いに震わせる。
泣いたり、笑ったり。
一緒になって怒ったり。
登場人物たちに感情移入をし、自分だけでは経験できない束の間の非日常を楽しむ。
まるで別人になれたかのような感覚が新鮮で、ラルカはとても嬉しかった。
ふと隣を見れば、ブラントが何気ない様子を装って、微かに鼻を啜っている。
彼は感受性が豊からしく、芝居が琴線に触れたらしい。
ラルカの観劇の邪魔をしないよう、静かに瞳を震わせる彼は意地らしく、何やら可愛く思えてしまう。
こんな風に、これまで知らなかったブラントの一面に触れられたことも、ラルカはとても嬉しかった。
「ブラントさま。これ、使ってください。後でお渡ししようと思っていましたの」
折よく休憩時間を迎えたため、ラルカはそう囁きかける。
彼に手渡したのは、今日のために用意した刺繍入りのハンカチだ。
いくらこのお出かけがブラントの望みだとしても、貰いっぱなしでは申し訳ない――――ブラントの瞳の色に近い深い青色のシルク地に銀糸を用い、感謝の想いを込めて丁寧に刺した。
自分の手が加わったことで『重い』と感じさせてはいけないと、できる限りスタイリッシュに、既製品にも見えるよう仕上げたのだが――――。
「これ、ラルカが?」
ブラントにはすぐに、ラルカが刺したものだと分かったらしい。少々気恥ずかしさを感じつつ、彼女はコクリと小さく頷く。
その瞬間、ブラントはその場に突っ伏した。
「どうしよう、ラルカ――――僕はもう、ダメかもしれない」
元々緩んでいた涙腺が決壊したらしく、彼は大粒の涙を流す。ラルカは思わずギョッとしてしまった。
「申し訳ございません! そんな、ショックを受けるほどに下手くそでしたか⁉ 不快な思いをさせてしまったのなら――――」
慌ててハンカチを奪い取ろうとするが、ブラントはヒョイと腕を動かし、大きく首を横に振る。
「違います!
嬉しすぎて――――幸せすぎて、本当にどうしようもない。
格好悪いところばかり見せて情けない限りですが、ダメです――――全然、止まりそうにない」
ブラントが笑う。あまりにも幸せそうなその笑顔に、ラルカの心臓がまたもや大きく跳ねた。
(もしかして、ブラントさまもこんな気持だったのかしら?)
自分のしたことで相手が喜んでくれた時、笑ってくれた時。
相手と同じかそれ以上に嬉しいと感じることを、ラルカは思い知った。
こんな風に喜んでくれるなら、もっともっと、何か自分にできることをしてあげたい。
そう強く思ってしまう。
「ブラントさまに喜んでいただけて、本当に良かったです……!」
底しれぬ達成感と喜びに胸が大きく打ち震え、ラルカは思わず破顔する。
「ありがとう、ラルカ。大切にします。本当に、ありがとう」
飾り気のない言葉だが、その分だけシンプルに彼の感謝の気持が伝わってくる。
ラルカは力強く頷くと、未だ濡れたままのブラントの頬を、自分のハンカチでそっと拭ってやるのだった。




