表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

21/42

21.二人の休日(3)

 二人はそれから、色んな場所を見て回った。

 小さな雑貨屋や花屋、疲れたらカフェに立ち寄り、話に花を咲かせる。


 彼が案内してくれたのは、他の貴族やメイシュが好みそうな高級店ではなく、けれど品よく愛らしい印象の店ばかり。変に肩肘を張る必要がなく、とても自然に楽しむことができる。


 どの店にも、ラルカ好みの商品がたくさん置かれていて、ついつい胸が躍った。



 アンティークの壁掛け時計に、グラデーションガラスの花瓶。刺繍の美しいクロスや、ふかふかのクッション。

 渡来品も多く、螺鈿細工の櫛や、漆器、色鮮やかな反物なども置かれている。



「これなんて、とてもラルカに似合いそうですね」



 ブラントはそう言って一つの商品を手に取った。



「これは?」


「髪飾りです。この国ではあまり見ないデザインですが、髪に挿して使うらしいですよ」



 細長く精巧な銀細工に、小さな青い宝石の揺れるその髪飾りは、品よく華やかで美しい。ブラントは店員に断りを入れると、ラルカの髪に髪飾りを挿した。



「思ったとおり。とても綺麗だ」



 はにかむように微笑まれ、ラルカの胸がトクンと跳ねる。



「ありがとうございます。わたくしも、とても気に入りました」



 鏡を見つめながら、ラルカはうっとりと目を細める。

 角度を変えるごとに髪飾りは美しく光り輝く。ずっと眺めていてもちっとも飽きず、見るものの目を惹きつけるようだった。



「あの、こちらの髪飾り、是非購入させていただきたいのですが……!」



 こうして自分で何かを選び、購入するのは随分久しぶりのこと。ラルカはウキウキと手を上げる。

 けれど、店員が反応するよりも前に、ブラントが身を乗り出した。



「もちろん。是非、僕にプレゼントさせてください」



 ブラントはそう言って、ラルカの両手をギュッと握る。ラルカは大きく目を瞠った。



「けれどブラントさま、今日のお出かけは、わたくしから貴方へのお礼ですのよ? それなのに、わたくしの方がプレゼントをいただいてしまっては、何だかちぐはぐじゃございませんこと?」



 そもそも、ブラントが向かった場所はすべて、彼が行きたいというより、ラルカの喜びそうな場所ばかりだ。これでは今日の目的が果たせないのではないか――――ラルカは不安げに表情を曇らせる。



「いいえ、ラルカ。ちっともちぐはぐではありません。

僕はラルカに、僕が贈ったものを身につけてほしいのです」


「ブラントさま……ですがもう、十分過ぎるほどにいただいていますわよ?」



 それは、仮初めの婚約者に対しては――――いや、通常の婚約でもあり得ないほど、邸には既に、ブラントからの贈り物で溢れている。


 ドレスも、装身具も、彼はたくさんのものをラルカに贈ってくれた。


 実家にはたくさんのドレスがあるというのに――――それらの殆どが、メイシュの選んだものであり、ラルカの好みでないことを知っているからだろう。ラルカ自身に取りに行かせることも、使用人たちに持参させることもしない。

 寧ろ彼は、ラルカが実家と連絡を取らなくて済むよう、色んなことを取り計らってくれている。


 けれど、それではあまりにも申し訳ない。

 彼がラルカのために使ってくれたお金を返そうとしたのだが、頑として受け取ってはくれなかった。



『貴女は僕の婚約者ですから』



 そう言って微笑むブラントの表情は、あまりにも優しくて。


 仮初の婚約者なのに――――そんな風に思いつつも、ラルカは何も言えなくなってしまったのだった。



「それに、僕はラルカの喜ぶ顔が見たい。

笑顔が見たい。

それこそが僕の心からの願いなのです。

ですから、どうか僕の願いを、わがままを叶えていただけませんか? 今日はそのために出かけているのでしょう?」



 蠱惑的な笑み。ラルカの心臓が大きく跳ねる。


 ブラントはずるい。

 そんな風に言われて、ラルカが断れるわけがないのに。


 次いで、真剣な表情で見つめられ、ラルカの全身が熱くなる。

 こくりと小さく頷けば、ブラントは満面の笑みを浮かべた。



(ブラントさまは、わたくしを喜ばせたいと思っている)



 彼が挿してくれた髪飾りに触れながら、ラルカはそっとブラントを見上げる。



「ブラントさま、ありがとうございます。わたくし、とても――――とっても嬉しいです!」



 心からの感謝を込めて微笑めば、彼は真っ赤に頬を染めた。 



「これは――――想像以上に嬉しいものですね」


「……そう、なのですか?」



 なんと返すのが正解か分からず、ラルカは躊躇いながらもそう答える。



「ええ。大切な女性に喜んでもらえて、嬉しくない男はいないと思います」



 ブラントはサラリと、本当になんの気なしにそんなことを言ってのける。



(え? …………えぇ?)



 心のなかで疑問の声を上げつつ、ラルカはブラントをまじまじと見上げる。



 ラルカとブラントの仮初の婚約者で。

 それ以上でも以下でもなくて。



(大切な女性? わたくしが?)



 ブラントはまだ結婚をしたくないと言っていた。うるさい親族を黙らせたいのだと。


 そんな彼が、ラルカを大切な女性だと口にするだなんて――――。



(ブラントさまは、とても優しい人だから)



 だからこそ、仮初の婚約者にも救いの手を差し伸べてくれた。

 彼はきっと、一度己の懐に入れた人は皆、等しく大切にする人なのだろう。



(『大切』と『特別』は違うわよね)



 そう結論づけながら、ラルカはブラントに向かって微笑み返す。

 繋がれたままの手のひらが、何故だか無性に熱かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ