21.二人の休日(3)
二人はそれから、色んな場所を見て回った。
小さな雑貨屋や花屋、疲れたらカフェに立ち寄り、話に花を咲かせる。
彼が案内してくれたのは、他の貴族やメイシュが好みそうな高級店ではなく、けれど品よく愛らしい印象の店ばかり。変に肩肘を張る必要がなく、とても自然に楽しむことができる。
どの店にも、ラルカ好みの商品がたくさん置かれていて、ついつい胸が躍った。
アンティークの壁掛け時計に、グラデーションガラスの花瓶。刺繍の美しいクロスや、ふかふかのクッション。
渡来品も多く、螺鈿細工の櫛や、漆器、色鮮やかな反物なども置かれている。
「これなんて、とてもラルカに似合いそうですね」
ブラントはそう言って一つの商品を手に取った。
「これは?」
「髪飾りです。この国ではあまり見ないデザインですが、髪に挿して使うらしいですよ」
細長く精巧な銀細工に、小さな青い宝石の揺れるその髪飾りは、品よく華やかで美しい。ブラントは店員に断りを入れると、ラルカの髪に髪飾りを挿した。
「思ったとおり。とても綺麗だ」
はにかむように微笑まれ、ラルカの胸がトクンと跳ねる。
「ありがとうございます。わたくしも、とても気に入りました」
鏡を見つめながら、ラルカはうっとりと目を細める。
角度を変えるごとに髪飾りは美しく光り輝く。ずっと眺めていてもちっとも飽きず、見るものの目を惹きつけるようだった。
「あの、こちらの髪飾り、是非購入させていただきたいのですが……!」
こうして自分で何かを選び、購入するのは随分久しぶりのこと。ラルカはウキウキと手を上げる。
けれど、店員が反応するよりも前に、ブラントが身を乗り出した。
「もちろん。是非、僕にプレゼントさせてください」
ブラントはそう言って、ラルカの両手をギュッと握る。ラルカは大きく目を瞠った。
「けれどブラントさま、今日のお出かけは、わたくしから貴方へのお礼ですのよ? それなのに、わたくしの方がプレゼントをいただいてしまっては、何だかちぐはぐじゃございませんこと?」
そもそも、ブラントが向かった場所はすべて、彼が行きたいというより、ラルカの喜びそうな場所ばかりだ。これでは今日の目的が果たせないのではないか――――ラルカは不安げに表情を曇らせる。
「いいえ、ラルカ。ちっともちぐはぐではありません。
僕はラルカに、僕が贈ったものを身につけてほしいのです」
「ブラントさま……ですがもう、十分過ぎるほどにいただいていますわよ?」
それは、仮初めの婚約者に対しては――――いや、通常の婚約でもあり得ないほど、邸には既に、ブラントからの贈り物で溢れている。
ドレスも、装身具も、彼はたくさんのものをラルカに贈ってくれた。
実家にはたくさんのドレスがあるというのに――――それらの殆どが、メイシュの選んだものであり、ラルカの好みでないことを知っているからだろう。ラルカ自身に取りに行かせることも、使用人たちに持参させることもしない。
寧ろ彼は、ラルカが実家と連絡を取らなくて済むよう、色んなことを取り計らってくれている。
けれど、それではあまりにも申し訳ない。
彼がラルカのために使ってくれたお金を返そうとしたのだが、頑として受け取ってはくれなかった。
『貴女は僕の婚約者ですから』
そう言って微笑むブラントの表情は、あまりにも優しくて。
仮初の婚約者なのに――――そんな風に思いつつも、ラルカは何も言えなくなってしまったのだった。
「それに、僕はラルカの喜ぶ顔が見たい。
笑顔が見たい。
それこそが僕の心からの願いなのです。
ですから、どうか僕の願いを、わがままを叶えていただけませんか? 今日はそのために出かけているのでしょう?」
蠱惑的な笑み。ラルカの心臓が大きく跳ねる。
ブラントはずるい。
そんな風に言われて、ラルカが断れるわけがないのに。
次いで、真剣な表情で見つめられ、ラルカの全身が熱くなる。
こくりと小さく頷けば、ブラントは満面の笑みを浮かべた。
(ブラントさまは、わたくしを喜ばせたいと思っている)
彼が挿してくれた髪飾りに触れながら、ラルカはそっとブラントを見上げる。
「ブラントさま、ありがとうございます。わたくし、とても――――とっても嬉しいです!」
心からの感謝を込めて微笑めば、彼は真っ赤に頬を染めた。
「これは――――想像以上に嬉しいものですね」
「……そう、なのですか?」
なんと返すのが正解か分からず、ラルカは躊躇いながらもそう答える。
「ええ。大切な女性に喜んでもらえて、嬉しくない男はいないと思います」
ブラントはサラリと、本当になんの気なしにそんなことを言ってのける。
(え? …………えぇ?)
心のなかで疑問の声を上げつつ、ラルカはブラントをまじまじと見上げる。
ラルカとブラントの仮初の婚約者で。
それ以上でも以下でもなくて。
(大切な女性? わたくしが?)
ブラントはまだ結婚をしたくないと言っていた。うるさい親族を黙らせたいのだと。
そんな彼が、ラルカを大切な女性だと口にするだなんて――――。
(ブラントさまは、とても優しい人だから)
だからこそ、仮初の婚約者にも救いの手を差し伸べてくれた。
彼はきっと、一度己の懐に入れた人は皆、等しく大切にする人なのだろう。
(『大切』と『特別』は違うわよね)
そう結論づけながら、ラルカはブラントに向かって微笑み返す。
繋がれたままの手のひらが、何故だか無性に熱かった。




