2.可愛い可愛い、私のラルカ
タウンハウスに戻ると、たくさんの使用人たちがラルカのことを取り囲んだ。
フリルがふんだんにあしらわれた桃色のドレスに、彼女の瞳と同じ色をした大きなエメラルドのネックレス。化粧をしっかりと施され、髪を綺麗に結い上げる。小さな宝石がたくさん埋め込まれたカチューシャを付け、爪を染め、ピカピカのヒールに履き替え、文字通り、てっぺんからつま先まで磨き上げる。
その様子を、メイシュは至極満足そうな表情で眺めていた。
「素敵よ、ラルカ! とても愛らしいわ。思った通り、すごくよく似合っている! ラルカのために、わざわざ作ってもらったのよ」
手をたたきながら上機嫌で微笑むメイシュに、ラルカはそっと唇を尖らせる。
侍女としてエルミラに仕えるまでは、これが貴族の当たり前の姿だと思っていた。けれど、今なら違うと断言できる。
ラルカはそっと身を乗り出した。
「夜会でもないのにこんな盛装、エルミラ殿下ですらなさいませんわ。わたくし、もっとシンプルなドレスの方が――――」
「ダメよ」
メイシュが言う。その瞳は彼女の意思が揺るがないことを如実に物語っており、ラルカを瞬時に怯ませた。
「だって、こっちの方が絶対に可愛いもの。可愛いものは可愛い格好をしてこそ! 適当な格好をしてはダメ。女官の制服なんて論外だわ。
貴方達も肝に銘じておきなさい」
そう言ってメイシュは、傍に控えている侍女や侍従たちを睨みつける。彼等は内心竦み上がりつつ、「はい!」と揃って声を上げた。
ラプルペ家の当主はラルカとメイシュの父親だ。
けれどその実権は、娘であるメイシュに移りつつある。母親が姉妹のまだ幼い頃に亡くなったため、長らく女主人の役割を担ってきた影響だ。
婿養子を取り、いずれはメイシュの夫が爵位を継ぐ予定だが、妻であるメイシュが強すぎて、年々影が薄くなっている。
今頃領地にある本邸は、メイシュの外出により、大いに羽根を伸ばしていることだろう。
「それで姉さま。今回はどうして王都に?」
事前に来訪の連絡はなかったし、今は社交シーズンでもない。領地経営のためならばメイシュの夫や二人の父親も一緒のはずだし、単身王都に乗り込む理由は見当たらない。
「今は内緒。しばらくは滞在するからね」
メイシュの唇が弧を描く。
(そんな!)
精々、一日か二日大人しくして、姉の目を誤魔化せば良いと思っていたのに、ラルカのあては完全に外れてしまった。
勝手に引き払われた寮の部屋のことも、エルミラの文官としての仕事も、メイシュが王都に居るのではどうすることもできない。
ラルカは密かに目を瞠った。
「しばらくとは……一体どのぐらいですの?」
「しばらくはしばらくよ。目的が達成されるまで帰る気はないわ」
メイシュは意味深な笑みを浮かべつつ、これ以上情報を出す気はないらしい。「承知しました」と口にして、ラルカは静かに頭を垂れた。
***
翌日、エルミラに事情を話すと、彼女は目を丸くして驚いた。
「ラルカを侍女に戻す? そんなこと、できっこないわ! そりゃあ、侍女だって当然、とても大切な仕事よ。だけど、貴女が居ないと公務が滞ってしまうもの」
プンプンと唇を尖らせつつ、エルミラが勢いよく捲し立てる。
ラルカが担当しているのは主に、エルミラのスケジュールや予算の管理、公務への随行、他部署との調整、彼女の名前で発行する文書の作成だ。内容が多岐に渡る上、量も多く、また最近ではラルカが調整役をしてくれるからこそ入れられる公務もあったので、エルミラにとっては死活問題である。
「しかし、姉はとても頑固でして。わたくしが侍女に戻らなければ、城に乗り込んできかねない人なのです」
ラルカや他の大勢にとっては恥ずべき行動も、メイシュにとっては違う。
彼女にとっては、自分の正義を守ることが全て。
その正義とは、ラルカを己の意のままに操ることに他ならない。
元はと言えば、こうして城で勤めることになったのも、メイシュにそう命じられたからだ。
王女の侍女を務めれば箔が付く。貴族女性にとって、もっともステイタスの高い謂わば花形の職種で、愛らしいラルカにピッタリだと言われた。
今となっては、領地から――――メイシュから離れることができた上、それまで知らなかった自分の能力を知ることができて、ラルカとしては感謝すらしていたのだが。
「だったらこうしましょう。表向きは私の侍女として、中身はこれまで通りの仕事をしなさい。制服の件は諦めてもらうし、公務に随行してもらうのときの立ち位置もこれまでとは変わってしまうけれど、実情は私たちにしかわからないもの」
不敵な笑みを浮かべつつ、エルミラは言う。ラルカは思わず目を見開いた。
「よろしいのですか?」
「もちろん。要は名前の問題でしょう? 侍女が予算やスケジュール管理をしようが、公務の調整をしようが、私の勝手よ。社交関係や来客の取次、お茶の準備や話し相手を務めるだけが侍女の仕事じゃないと思うし。誰が、どういう仕事に向いているのか、どういう仕事をしたいかによって采配したって良いじゃない?」
エルミラの表情は自信に満ち溢れている。この場にいる他の面々――――文官や侍女たちも、エルミラに同調するように頷いた。
仮にメイシュから照会が来ても、彼等はラルカの仕事内容について、上手に口裏を合わせてくれるだろう。
「ありがとうございます……!」
ラルカは深々と頭を下げつつ、目頭が熱くなるのを感じていた。




