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17.エルミラの助言

 ブラントと時を同じくして、ラルカの方も、エルミラと対峙していた。



「この度はご心配をおかけして、本当に申し訳ございませんでした」



 ラルカが深々と頭を下げる。

 エルミラはふぅと息を吐いた。



「全く。本当に心配していたのよ? 力になろうにも、私の声は全然届かないし、すごく不安だったんだから」



 静かな執務室に、エルミラの声がポツリと吸い込まれていく。

 今は人払いをして二人きり。皆の前では話しづらかろうというエルミラの配慮だ。主人の優しさに感謝しつつ、ラルカはもう一度頭を下げた。



「ブラントさまからお聞きしました。エルミラさまがどれほどわたくしを心配してくださっていたか。心を砕いてくださっていたのか。

それなのに、わたくしは自分のことでいっぱいいっぱいで……ブラントさまにわたくしのことを伝えてくださって、ありがとうございます」


「別に、良いのよ。怒っているわけじゃないの。

私はただ、貴女に頼ってもらえなかったことが悲しかっただけ。だって、ラルカはいつも私を助けてくれるのに……友達だって思っているのは私だけなの?」



 エルミラはそう言って、躊躇いがちに視線を上げる。



「そりゃあ、私はこの国の姫で、貴女の主人かもしれないわ。だけど、もう三年も隣に居て、同じ理想を追いかけてきたのよ? 安心して背中を預けられる相棒の力になりたいって思うのは当然でしょう?」


「エルミラさま……!」



 ラルカの目頭がぐっと熱くなる。エルミラは照れくさそうに――――そして、困ったように微笑んだ。



「そういう訳だから。今度からは一人で抱え込まず、きちんと私を頼りなさい。約束よ?」



 今度こそ――――差し伸べられた手のひらをラルカが握る。二人ははにかむように笑いあった。



 それからラルカは、これまでの経緯を全て話した。

 メイシュのこと、ブラントのこと。彼女は静かに、ときに驚きながら、ラルカの話を聞いてくれた。



「そう……そんなことがあったの」



 ブラント以外にメイシュのことを打ち明けるのは初めてだ。エルミラがどんな風に感じるのかわからず、ラルカは少しだけ緊張してしまう。



「辛かったわね、ラルカ」



 労るようなエルミラの眼差し。ラルカは心を震わせる。



「価値観を押し付ける人はどこにでも居るけれど……それが身内となると厄介ね。貴女の姉は自分が絶対的に正しいと思っているようだし、とても頑固そうだわ」


「そう……そうなのです、エルミラさま! 本当に、姉はわたくしの考えをちっとも理解してくれなくて……」



 これまでと状況はさほど変わっていないはずなのに、話を聞いてくれる人がいる、同調してくれる人がいるというだけで、気持ちが驚くほどに上向く。


 おまけに、これまでは恐怖や悲しみで支配されていたというのに、メイシュに向けた怒りのような感情を抱けるまでになっている。ラルカは、己の変化に心から驚いた。



「だけど、良かった。婚約者をブラントに選んだのは正解だったわね」



 エルミラはそう言って穏やかに微笑む。

 ラルカの胸がトクンと跳ねた。



「えっと……その、具体的にはどの辺りが?」


「兄から根回しが得意な人だと聞いているわ。人脈が広く、手札が豊富だって話だから、貴女の家の使用人たちを上手く丸め込んでくれるんじゃないかしら。家のことは彼に任せておいたら大丈夫よ。

それに、ラルカの気持ちを知った上で、仮初の婚約を結んでくれる人なんて、そう居ないでしょう?」


「……はい。わたくしもそう思います」



 何故だろう。未だに心臓がドキドキと鳴っている。ラルカはそっと胸を押さえた。



「あの、エルミラさま。わたくし、今回のことでブラントさまにとても感謝していて……何か、彼のためにお礼をしたいと思っているのですが、どういったものが喜ばれると思われますか?」



 等価交換の婚約のはずが、現状はラルカの方に天秤が大きく傾いてしまっている。何か、ブラントの喜ぶこと――――利になることをしたいとラルカは思っていた。

 けれど、これまで仕事以外で男性と積極的に関わったことはなく、何が喜ばれるのか全くわからない。男兄弟のいるエルミラなら分かるだろうか、と考えたのだが。



「そうねぇ……ブラントだったら、ラルカがくれるものは何でも喜びそうだけど」


「そうでしょうか?」



 これ程までに良くしてもらったというのに、下手なものを渡して幻滅させたくはない。不安のあまり、ラルカは表情を曇らせる。



「不安なら、屋敷の使用人たちにリサーチするのも良いんじゃない? 一番近くで、ブラントのことを見ているのは彼らだもの。だけど、返ってくるのは私と同じ答えだと思うわ。賭けても良いわよ」


「そんな……それじゃ余計に困ってしまいます!」



 何でも良いと言われると、範囲が広すぎて途方に暮れる。せめて分野だけでも絞ってほしいとラルカは思っていたのだが。



「だったら、直接本人に尋ねてみなさい? 彼が欲しがるのは『もの』じゃないと思うわ。きっと、貴女にしかできないことだと思うから」



 言いながら、エルミラは意地悪く瞳を細める。

 こういう時、彼女には既に答えがわかっているのだろう――――そう思いつつ、ラルカは苦笑を漏らす。



「承知しました。ご助言、ありがとうございます」


「ええ、ええ! いつでも、私に頼ってくれて良いのよ?」



 そう言ってエルミラは、満足そうに笑った。


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