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13.ラルカの部屋

 ブラントに手を引かれ、ラルカは二階へと上がった。



「こちらの部屋です。気に入っていただけると良いのですが」



 自信なさげに微笑みながら、ブラントが部屋の扉を開ける。

 けれど、彼の心配は完全なる杞憂。


 そこには、ラルカの理想の一室が広がっていた。



 温かな色合いの壁紙に照明。床板には、木材本来の色が活かされており、全体的に落ち着いた印象を受ける。


 深い藍色のシーツが張られた広々としたベッドには、天蓋は付いておらず、ゴテゴテしたフリルもない。


 デザインよりも座り心地が優先されたであろうソファは無地の布張り。その正面に置かれたテーブルも、シックで大人っぽく、ついつい腰掛けてホッと一息つきたくなる。


 飾り気のない鏡台、滑らかな生地に美しい刺繍の施されたカーテン、甘ったるい化粧の匂いが全くしないこと――――すべてがラルカの屋敷とは違っていた。



「どうでしょう? シンプルすぎるでしょうか?」


「いいえ! ブラントさま、いいえ! 本当に理想的なお部屋です!」



 ラルカは声を弾ませつつ、部屋の中をぐるりと見て回る。



「ひとまずこんな形で準備しましたが、これから貴女の好きなように変えていってください」


「まぁ……! 良いのですか?」



 既にラルカの理想を超越した一室ではあるものの、これまで散々メイシュの言いなりになっていたのだ。自由という言葉に、ラルカはついつい反応してしまう。



「もちろん。ここはもう、貴女の部屋ですから。

ラルカがゆっくりと寛げる場所であること、安らげる場所であることが何より大事です。

足りないものがあったら、何でもおっしゃってください。僕が何でもご用意いたします」


「そんな……だけど、嬉しいです。本当にありがとうございます」



 ブラントの気持ちがあまりにも嬉しい。ラルカは満面の笑みを浮かべる。



「とても急なことでしたのに、こんなにも完璧なお部屋をご用意いただけるなんて、感激ですわ!」



 客室の一つを整えたにしても、あまりにも完璧すぎる。さすがは侯爵家、といったところだろうか。

 ブラントはウッと言葉を詰まらせつつ、誤魔化すように笑みを浮かべる。



「それから、ラルカに専用の侍女を用意させていただきました」



 彼が言えば、三人の侍女がしずしずと室内に入ってくる。皆、ラルカの両親よりも年上の、控えめで優しそうな女性ばかりだ。

 ほのかに香る石鹸の香り。ラルカの視線に気づくと、彼女たちは穏やかに目を細める。



(うちの侍女とは随分違うのね……)



 実家でラルカに付けられた侍女たちは、完全に美貌重視。メイシュの厳しい審査をくぐり抜けた若い女性ばかりで、化粧や香水の匂いが強く、一緒に居ても落ち着かない。


 話題も、流行りのドレスや宝飾品、化粧品のことだけ。美意識が驚くほどに高い。美容に興味のないラルカとは話が全く合わないのだ。


 ラルカを飾り立てるために用意されていると分かっているし、優しくはあるのだが、完全に心を開くことなどできなかった。



「不要だと思われるかもしれませんが、慣れない場所で不便なことも多いでしょう。何かあったときに頼れる存在ということで、どうかご了承ください。貴女にどうしても不自由をさせたくなくて」


「そんな……とんでもないことですわ。ブラントさまの温かいお気遣いに、心から感謝いたします」



 ブラントの言う通り、右も左も分からない中では、困ることも多いだろう。その度にブラントを頼るのも心苦しいので、こうして侍女を付けてもらえるのはありがたい。



「良かった。

よろしければこのあと、夕食をご一緒していただけますか? 一人で食べる食事は味気なくて……仕事の都合が合う日は、一緒に食事をしていただけると嬉しいです」


「もちろん。そうしていただけると、わたくしもとても嬉しいですわ」


「では、また後ほど。ラルカもしばらく、部屋でのんびりと過ごしてください」



 ブラントはそう言って、侍女たちを引き連れ、ラルカの部屋をあとにする。

 ラルカはほぅとため息を吐いた。



(どうしましょう……)



 自宅から――――メイシュから引き離してくれただけでも十分すぎるほど嬉しかった。涙が出るほど幸せだった。


 けれど、ブラントが用意してくれた環境は、本当に完璧。いたれりつくせりだ。


 ラルカ好みの部屋に調度類、優しそうな侍女たち。

 しかも、決して押し付けがましくなく、ラルカの好きにして良いという。



 ふと見れば、テーブルの上には湯気の立つティーポットと茶葉が置かれていた。


 ラルカはソファに腰掛け、お茶を淹れる。涙を流しすぎたせいで、喉がカラカラだ。



 他にも、鏡台には化粧を落とすための道具が、ベッドの上にはシンプルで着心地の良さそうなドレスが置かれている。



(本当に、ブラントさまにはどれだけ感謝してもしきれないわ)



 さりげない気遣いの数々。ラルカはほんのりと涙を滲ませる。


 今すぐとはいかないが、いつか、何かしらの形で彼に恩を返さなければ――――そんな風に思いながら、ラルカはそっと夜空を見上げる。その瞬間、星が瞬き、一筋流れた。


 こんな風に穏やかな気持になれるのは、どれぐらいぶりだろう。空を見上げる余裕など、ここ最近のラルカには全くなかった。



(よし!)



 ペチペチと頬を叩き、ラルカは気合を入れ直す。

 立ち上がり、大きく息を吸い込めば、これまで見えていなかったもの、これからすべきことがハッキリ見えてくる。



(頑張ろう)



 ぐっと伸びをしながら、ラルカは笑みを浮かべるのだった。 


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