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11.呪縛からの開放

 それ以降も、ラルカの気持ちが晴れることはなく、彼女は日に日にやつれていった。


 メイシュは既に王都には居ない。

 けれど、不思議と共に暮らしていた頃と同じかそれ以上に苦しく感じられる。


 侍女や侍従、寮住まいの同僚たちを見るたびに、ラルカはヒッと息を呑む。彼等の背後にメイシュの影を感じてしまう。


 朝起きることも辛ければ、仕事に行くことさえ気乗りしない。

 安心できる場所、帰りたいと思える場所がないことの与える影響が大きすぎるのだ。



 もちろん、皆がラルカを気の毒に思っているし、可能な形で手を差し伸べている。しかし、一度自由な生活を知ってしまったがゆえに、今のラルカには窮屈でたまらなかった。



(もう誰も信用できない)



 右を見ても左を見ても、メイシュに監視をされているような気がしてくる。

 毎日届くご機嫌伺いの手紙をクシャクシャに丸めながら、ラルカは一人膝を抱える。



(誰か、助けて……)



 逃げ場などどこにもない――――そうと知っていながら、願わずには居られなかった。



「ラルカ!」



 その時、背後から唐突に名前を呼ばれ、ラルカはビクリと背中を震わせる。



「あ……ブラントさま?」



 虚ろな瞳で応えれば、ブラントは驚きに目を瞠った。



「一体何があったのです?」



 ラルカの様子は、誰がどう見ても明らかにおかしい。

 大きな瞳の下には、化粧でも隠しきれないほどの隈ができ、顔色も真っ青だ。


 ラルカの肩に、ブラントがそっと手を置く。こうして支えていなければ、今にも倒れそうな様子だった。


「何が、とは? わたくしは何も……」


「エルミラ殿下から『貴女の様子がおかしい、あまりにも心配だ』とお聞きしたんです。僕との婚約が理由ではないのか、とも」


「エルミラさまが……?」



 そういえば、先日エルミラがそんなことを言っていたと思い出す。仕えるべき主人に気を遣わせたことも、正常な精神ではないラルカを落ち込ませる要因の一つだったのだが。



「正直、にわかには信じられませんでした。貴女はいつも明るくて、朗らかで、楽しそうに仕事をしていらっしゃいますから。

けれど、僕から見ても、今のラルカは明らかに元気がありません。何が貴女をそんなにも苦しめているのです?

……もしかして、ラルカのお姉さまが」



 その瞬間、ラルカはヒッと悲鳴を上げた。元々青白かった顔色が、今や土気色になっている。

 ブラントはずいと身を乗り出した。



「――――もしかして、僕達の婚約が成立した今も、お姉さまは王都にいらっしゃるのですか?」


「……いえ。先日、姉は予定通りに領地に帰りました。

けれど――――」



 どう説明したものか――――ラルカは言い淀んでしまう。



「大体の状況はわかりました。では、ひとまず、うちの屋敷に向かいましょう。ここではゆっくり話ができないですし」


「えっ? だけど、まだ仕事が」


「殿下には僕が無理やり連れ出したと報告しましょう。アミル殿下から、ラルカとしっかり話をするようーー元気づけるよう厳命されております。何も心配はありません。

良いですか? 貴女は何も悪くない。僕が貴女を連れ出したんです」



 今のラルカは、精神が疲弊しきっていて、正常な判断が下せない。多少強引にでも、環境を変える必要がある。


 ブラントの言葉に、ラルカは躊躇いがちに頷いた。



***



 屋敷に着くと、ブラントは侍女たちに命じ、温かいお茶とブランケットを準備した。ラルカはソファに腰掛け、虚ろな表情のまま震えている。

 それでも、城にいる時よりは顔色が良くなっているため、ブラントはホッと胸をなでおろした。



「――――わたくし、姉さまが領地に帰ったら、寮に戻るつもりだったんです」



 独り言を言うかのごとく、ラルカがポツリと呟く。ブラントはラルカの背を撫で擦りながら、静かに相槌を打った。



「だけど、姉さまが許してくれなくて……。結局わたくしは、屋敷の中で、姉さまの監視を受けながら生活をすることを余儀なくされているんです。

姉さまはもう居ないのに。遠く離れた場所に居るのに。見えない分寧ろ怖くて、恐ろしくて……」



 ラルカの瞳に涙がたまる。



「わたくしは、ちっとも自由になれない――――いいえ、そんなもの、元より求めちゃいけなかったんです。

姉さまの望む通りの生活を送らなければ、生きている意味も価値もない。

エルミラさまにも、迷惑をかけてばかりで申し訳なくて。

もう、何も考えたくない。考えたところで意味がないって、そんな風に思えてきて――――」



 まるで、ラルカの苦悩が流れ込んでくるよう。ブラントは苦しげに顔を歪める。

 ラルカがこんなにも苦しんでいたことを何も知らずにいたことが、酷く歯がゆかった。



「ラルカ」



 どんな言葉も、今のラルカには届かないような気がしてくる。ブラントはラルカを抱きしめながら、宥めるように背を撫でる。



「ラルカ」



 ブラントが何度も名前を呼ぶ。

 冷え切った心と体を、ブラントが温めてくれる。


 たったそれだけのことだが、ラルカは自分が血の通った人間なのだと感じることができた。



「うぅ……」



 声を押し殺して泣くラルカに、ブラントは優しく微笑む。



「堪えないで。心のままに泣き叫んで良いんです。ここには貴女を苦しめる人間は誰も居ません。僕しか聞いていませんから」



 その瞬間、何かが――――ラルカを縛る糸がプツリと切れた。


 ラルカは己を抱きしめつつ、幼い子供のように声を上げる。ブラントはそんなラルカのことを、静かに抱きしめ続けるのだった。


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