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1.姉、襲来

「僕と婚約しましょう」



 銀髪の騎士がラルカに言う。かろうじて見覚えはあるものの、名前も知らない男性だ。

 彼が提案したのは『結婚』ではなく『婚約』。

 呆然と目を見開くラルカに、男はそっと身を乗り出す。



「結婚したくないのでしょう?」



 彼の言葉はそんな風に続いた。ラルカは目を見開き、騎士をまじまじと見つめる。



「――――貴方と婚約すれば、わたくしの願いは叶うのですか?」



 まるで絶望の中に見出した一筋の光のよう。

 男は微笑みを浮かべ、コクリと力強く頷く。

 ラルカは瞳を輝かせた。



***



「ラルカ、こっちの書類もお願いできる?」


「はい、エルミラ様」



 広々とした執務室の中、ラルカのブロンドが活き活きと揺れる。


 薄紅と金色を基調とした、城の中で最も美しく華やかな空間。

 この部屋の主は王女エルミラ。まだ十四才と年若いものの、精力的に公務をこなす、美しい少女だ。

 様々な式典や行事に顔を出し、文化、慈善事業等も手掛けながら、国家の顔として、王家の一翼を担っている。



 そんな多忙な彼女が文官として重用しているのが、伯爵令嬢ラルカ・ラプルペだった。



 ラルカは人形のように美しく、どこかおっとりとして見えるが、案外芯の強い女性で、エルミラの無茶振りにもふわふわと微笑みながら、きっちりと堅実に仕事をこなしている。


 元々は行儀見習いも兼ね、エルミラの侍女として城に上がったのだが、彼女の強い希望を受け、文官として抜擢された。


 その理由が『侍女用のドレスではなく文官の制服を着てみたい』というものだったから、エルミラはとても驚いた。文官用の制服は、無機質で飾り気がなく、大抵の女性は好まない。姫君を引き立てる『華』である侍女のものとは、根本的に異なっているのだ。


 見た目の麗しい侍女はそこに居てくれるだけで重宝する。このためエルミラは、ラルカを文官として登用するつもりはなかった。

 だが、彼女と接しているうちに、ラルカの価値は美しさよりもその能力にあると気づいた。

 そして、文官としての活き活きとした働きぶりを見るに、転用して正解だったと感じていた。



「ラルカ、あなたがいてくれて、とても助かっているわ」



 心からの感謝を伝えると、ラルカは瞳をパッと輝かせる。



「まあ、エルミラ様! とても光栄ですわ」



 頬を染め、満面の笑みを浮かべるラルカはあまりにも愛らしく、その場にいる誰もがほぅと息を呑む。



「これからも頼りにしているからね」


「はい! よろしくお願いいたします」



 ラルカは嬉しさのあまり、天にも昇る心地だった。



***



「一体どういうことなの?」



 けれどその日、仕事を終えて寮に帰ったラルカは、一気に笑みを曇らせることになる。


 王都から遠く離れた領地に暮らしている姉、メイシュがラルカのことを待っていたからだ。



「どうしてこんな――――寮なんかに住んでいるの? 貴女には立派な『家』があるでしょう?」



 メイシュはラルカの頬を持ち上げ、そっと瞳を覗き込む。



「それは、その……こちらの方が城に近くて、便利が良いものですから」


「便利が良いわけ無いでしょう? 侍女も侍従もつけないなんて! 私が貴女のことをどれだけ心配していたか! それなのに、家のものに口止めまでするなんて!」



 ラルカは息を呑み、姉から僅かに視線を逸らす。



「けれどわたくし、身の回りのことは自分でできますわ。エルミラ殿下の侍女を務める人間ですもの。そのぐらいできて当然です。姉さまにご心配いただくことなんて、何も――――」


「そうそう。私、そのことも話したかったの。

貴女、私に相談もなく、侍女から文官に転属したんですってね?」



 メイシュはそう言って、美しい顔を苦痛に歪める。ラルカは大きく目を見開いた。



「それは……その…………」


(なんて言ったら姉さまは納得してくれるの?)



 必死に考えを巡らせるものの、名案がちっとも浮かんでこない。どのように答えても、メイシュに論破される未来しか想像できないからだ。


 ラルカは視線を泳がせつつ、じりじりと後ずさる。少しでも良い。姉から距離を取りたかった。

 だが、狭い寮の部屋。すぐに壁際に追い込まれてしまう。


 メイシュはやがて、ふわりと穏やかに微笑んだ。



「聞けばラルカの強い希望だったとか。

……ダメじゃない? 貴女は侍女として、殿下のお傍にお仕えすべき女性なのよ? 殿下の周りを華やげ、株を上げるのが仕事なの。それなのに、文官? そんなもの、男にさせておけば良いのよ」



 政治や行政は男のもの――――この国にも、そういう考え方が根強く存在する。女性の文官は一握りしかおらず、過去に大臣等に登用されたものは居ない。

 女性は侍女として王族や公務を裏から支えるか、妻として夫の仕事を社交で支える。

 男には男の、女には女の領分がある――――それがメイシュの考えだ。


 そもそも、働くことを推奨されていない世の中だ。貴族というのは、労働を下々の者に任せ、日がなのんびり優雅に過ごすもの。女性ならば尚更だ。



「だけど姉さま、わたくしは文官として働くことが楽しいのです。それに、エルミラ殿下はわたくしのことを『助かっている』『頼りにしている』と言ってくださって……」


「だとして、それが何になると言うの? 誰にも見えないところで、陰で働くことに、何の意味が? そもそも、貴女を侍女にと推薦したのは私なの。勝手なことをしないで頂戴。

貴女はただ、蝶よ花よと愛でられていればそれでいいのよ」



 最早、返す言葉が見つからず、ラルカは俯いてしまう。



「明日になったら、きちんとエルミラ殿下にお伝えをして、侍女に戻してもらいなさい。この部屋も、退去すると伝えておいたから。さあ、家に帰るわよ」



 至極柔らかな笑みを浮かべ、メイシュがラルカの頭を撫でる。



「はい……姉さま」



 ラルカは返事をしながら、心のなかで深々と息を吐いた。

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