前世だと有り得なかった
お家の中でしばらく大人しくしてよう……とはいうものの、生きている限りどうしたって完全なる引きこもりは難しい。
前世なら買い物はネット通販でどうにかなった。
けれどもこの世界にそんな便利なものはない。
つまりは……お分かりだね? 生きていくためには食料を調達しなければならない。
家に庭でもあってそこで畑を作る事ができる、とかいう程度に広いとこならまだしも、リタさんから譲り受けたこの薬屋、一軒家だが庭はない。
店部分とは別に裏口が玄関みたいになってるけど、生活スペースはそんな広くない。
更に洗濯物を干すための場所が外にないので、日当たりのいい一室で干す事になってる。
日当たりのいい部屋はそれはそれでそこでお昼寝とか気持ちいいだろうなとか思う事は色々あるけど、洗濯物はしっかり乾かさないと生乾きとかね、自分で自分の匂いで死ぬ某虫のような運命をたどりかねないからね……
っていうか、うっかりそんな服着て外歩いて「うわクサ……」とかいう呟きが聞こえたら心が死ぬからね。
ゲームの主人公ちゃんとかが通ってた学校だと、魔法を使って洗濯して風の魔法が得意な人が乾かしたりしてたって描写があったけど……うーん、私もやろうと思えばできなくもないけど、どうせならちゃんとお日様にあてて乾かしたい。あのお日様の匂いがダニの死骸の匂いだと言われようともだ……!
昔に比べれば魔法の扱いも大分上達したから今なら別に生活の大半どうにかなるけど、それでも攻撃系に該当するだろうものは相変わらず駄目なんだよな~。おかげで火打石とかは常に持ってる。マッチとかは状況によってはちょっと大変な事になるのでうっかり発火の危険性があるから持たないようにしてるし、でもそうなると万一火が必要な時は火打石がないと詰む。
……何の話だっけ?
あぁ、そうそう。生きてくうえで引きこもり生活ずっと続けるのは難しいって話だった。
周囲が田舎で畑ばっか、とかならまだしもウルガモットの街はそうじゃない。自給自足生活するのも無理がある。畑を作るにも土地がないからね。
おばあさんと暮らしていた村なら可能だったかもしれないけど……いやでも、あっちで過ごすにしてもそれも難しいか……?
どっちにしてももうウルガモットで暮らす事になってるし、今から他の土地で暮らすにしてもな……腕っぷしが強いわけでもないから、他の町とかに行くにしても乗合馬車とか使う事になるし、そうなるとお金がなー……徒歩で野宿しながら、となると寝る時は結界あるとはいえ、移動距離どんだけ? 足死ぬ。私の体力は前世に比べればまだマシかもしれないけど、多分この世界基準で考えるとそんなに無い。
食料を買いに行くとなると、その分のお金もかかるから引きこもるだけでいるとあっという間に財産食いつぶす事になるからな……やはり最終的には働かねば……ってなるわけだ。
だからこそ、私は以前足を運ぼうと思っていたギルドへ向かう事にした。
とはいえ、何だっけ……ディット……さん? あの人と遭遇すると何だかとても面倒な感じがするので、あの人と遭遇しないように注意する必要がある。
私は人の気配を読むとかそういうのは得意ですらないので、建物の近くに行って察しろとか言われても無理だ。
なので、とりあえずそこそこ世間話するご近所さんから情報を得る事にした。
ご近所さんはリタさんのお店の常連だった人でもある。
常連っていうか、茶飲み友達? とりあえず、人とお話するのが好きなタイプ。
だからこそ、こっちが世間話を装ってギルドの人についての話を振れば、あっさりと教えてくれた。
そういやこないだギルドの人とちょっとお話する機会っていうか、まぁ居合わせた結果っていうかなんですけどー、金髪で赤い目の貴族っぽい雰囲気の人、って言った時点でご近所さんはその人がディットさんだと即理解していた。私まだ名前すら言ってないぞ。他にいないの金髪で赤い目の貴族風の人。
赤、というよりはカーマインと言われた。
赤系統の色ではあるけど、正直私はそこら辺詳しくない。
ちなみに実際に貴族らしい。
……なんでギルドに所属してるんです……?
私が知る限り、貴族の人って大体騎士団とかそっち行くんじゃないの……?
なんだ、騎士団に折り合いの悪い人がいてギルドに来たとかか……?
ちなみにディットさんと一緒に戻っていった人はルーウェンというらしい。ディットさんの兄なのだとか。
……あの人アッシュグレイの髪だし、髪の色だけで判断すると兄弟って感じしないけど……あ、でも顔立ちは似て……たかな? どっちかが母親似でもう片方が父親似か? 最悪腹違いの兄弟説あるな……
目の色が同じ、とかならまだしもあの人確かゲームの主人公ちゃんと同じような系統の色だったっけな。オレンジっていうか、バーミリオン?
兄ということでこちらも貴族だ。
リースラントっていう家の人らしい。
いや、何でギルドに?
兄弟そろってギルドにいるとか逆に何か事情がありますみたいな雰囲気ぷんぷんするけど!?
これが貴族の四男とか五男とかの跡継ぎにもならないような立場で、しかも上の兄が既に騎士団に所属していてとかならわからんでもないけど、ご近所さんの話だとリースラント家の子はルーウェンさんとディットさんだけらしい。ご両親は健在。何か魔法の研究者らしい。
……いや、何でホント二人そろってギルドに?
ご近所さんのお話からしてリースラント家ってそれなりに貴族としての立場も上の方っぽいんですが?
私の家もちょっといい家ではあったけど、貴族の中でも下から数えた方が早い感じだったと思う。ベルトリッド家の立ち位置がどういうものだったかは知らないけど。……やっぱ一応調べとくべきなのかな……いやでももうあれから何年も経過してるわけだし、家そのものもなくなってるだろうしな……うぅむ。
だがしかしご近所さんからの話で私は有益な情報をゲットした。
ディットさんは割と積極的にギルドでお仕事してるらしくて、常にギルドで待機してるわけでもないらしい。
つまり、よっぽど私の運が悪くない限り、ギルドに行ってもディットさんとばったり遭遇したりはしない、ってコト!
というわけで早速私はギルドでお薬の納品依頼とかそういうのがないか確認しに行く事にしたのだ。
――ディットさんはいなかった。良し! 私の日ごろの行い良し!
だがしかし、何とギルドのお仕事は基本的にギルドに所属している人しかできないらしい。
……ぬかった! そりゃそうだよね誰でもできるとかそういうお仕事があったとしてもギルドに所属しないといけないって基礎中の基礎だったわ! 何でそこすっぽ抜けてたの私。
ゲームだとものによってはギルドに所属してる感薄いのあるけど、でも考えたらそうなんだよね。
しかし私は魔物退治だとか盗賊退治だとかそういうのは向いてない。とにかく私の使える魔法は攻撃系ではないのだから。
こんな戦う力もないクソ雑魚ミノムシがギルドでやってくとか無理寄りの無理。
となるとやはり薬屋さんとして細々とやってくしかないわけか……
なんて思っていたら、ギルド的に前線で戦う系の人材はそれなりに足りてるけど補助とかそういうのが足りてないらしく、そっちで所属、いや、難しかったら手伝いでもいいんで来ないか? と誘われた。
補助……とは?
気になって聞いてみれば、魔法を使える人もいるにはいるけどそういうのは大抵が攻撃系らしく、回復系は数が少ないのだとか。マジか……
勿論ギルドに常駐してくれれば助かるらしいけれども、生憎こちらにも生活がある。
緊急事態の場合は呼びに行く事もあるかもしれないが、基本的に戦闘だとかそういう前線に行くような事はまずない、とも。
仮に大規模な魔物掃討戦などに駆り出されるにしても最終防衛ラインとか限りなく拠点に近いところで待機して運ばれてくる怪我人を治したりするとかあたりらしい。
余程の事がない限りは危険な目に遭わない、と言われて考える。
危険な目に遭うような状況って、その場合もうどこ行ってもアウトです、みたいな時くらいだよな……
むしろ街の中なら絶対安全ってわけでもないし、そうなると近くにある程度戦える人を護衛として配置してくれるような状況のがまだ安全かもしれない。
それ以前にそんな危険なところに行くような事もないわけだし、その展開はまずもって滅多な事ではないはずだけども。
普段は薬屋さんして、時々急患が出たらそっちに行って治して戻る、とかか。
……寝てる時とかに来られたら気付けるかしら……?
流石に真夜中とかだと無理かもしれぬ、と言えばギルド長もそんな状況まず滅多にないけどなと答えた。
個人的にはここでお薬納品系の依頼があればそれを引き受けたい、というのがここに足を運んだ動機だし、正直薬屋だけだとどれくらいの稼ぎになるかもわからないからお小遣い稼ぎみたいなノリなんだよね……それを言えばまぁウチは色んな奴がいるからそういうのでも全然かまわない、とまで言ってくれた。
えっ、何か雇用条件的に緩くない?
気が向いた時だけ働きにきますって言ってるも同然なんだけど……そんなんでいいのか……?
人が多くいる分、何かよくわかんないこだわりの持ち主もいるらしくて、むしろ私の望みはまだマシな方らしい。いいのかそれ……
逆にアクの強いのが多そうだなとか思ってうんうん悩む私にギルド長はまぁものは試しで、なんて言ってくる。そんなに回復要員少ないんか……
正直あまり期待されすぎても困るので、本当にお手伝い程度でいいんですかと念を押せば構わないと言われる。お手伝い程度であれば、まぁ……という気になってくる。
これが強制的にあちこち行かされて、とかだと流石にお断り案件だが、条件とか色んな事を聞いてみればむしろ私にとっては都合が良い感じ。
一応辞める事もできるので、やめる時は言ってくれれば……との事だ。
ブラックすぎて辞めたくてもやめられない、とかじゃなかろうなと思ったけどやる気のない奴に無理を強いてもロクな事にならない、と言われれば納得した。
かくして、私はその日薬屋とギルドの手伝いという二足の草鞋を履く事にしたのであった。