それは小さな嵐のように
あえて足音を出しているというよりは、あの巨体が軽やかに走ったとして、どうしたって足音は出てしまうものなんだろうな……と納得できてしまうような巨漢の男。
ほら、重量たっぷりな怪獣とか普通に歩くだけでもずしんずしんって音するじゃん? ああいう感じだと思うんだよね。
いやもうマジで巨漢。
ギルド長も中々に筋肉とかゴッツイなぁ、って思ってたけどそれを容易く上回ってる。
なんだっけかな……前世でボディービルダーの人に対する掛け声で肩に重機が乗ってんのかーい、みたいなのがあったような気がするけど、肩っていうかもうあの人が重機そのものでは……?
というかだ。
今あの人なんて言った……?
私の聞き間違えじゃなかったらマイスイートハニーって聞こえたんだけど。
…………ヴィンセントさんの事か?
ディットさんかとも思ったけど、そもそもディットさんは女性にきゃあきゃあ黄色い声を上げられる事はあっても男性にきゃあきゃあ野太い声で言われるような事はあまりなかったように思う。
嫌われてるわけではないが、まぁ普通の距離感。
だから消去法ですぐさまヴィンセントさんかな、って思ったんだけど、どうやら正解のようだ。
ヴィンセントさんの表情が可哀そうなくらい青ざめている。逃げ出そうにも色んな物がごちゃごちゃ存在しているここから逃げるのは至難の業。じっと隠れてやり過ごすというのであればまぁ、どうにかなったのかもしれないけど発見された時点で詰むよねこれ。
もしかしてバレたの私とディットさんが原因かな? とも思ったけど、そもそもここに逃げ込んだ時点でヴィンセントさんは追われていたと考えるべきだ。
じゃあ別に私たちが完全に悪いというわけでもないだろう。
とはいえ、なんていうか見捨てるのも忍びない。
現にヴィンセントさんは今、必死に私に助けを求めている。勿論声には出さず目だけで訴えている。
目は口程に物を言うってアレ本当なんだな、ってのがわかりやすいくらいに目が訴えていた。
とはいえ。
助けを求められても、そもそも何から助けろと? というのが本音だ。
あの巨漢から、というのはわからんでもないけど、どういう方向性で? って話なわけよ。話し合いによるものなのか、それとも物理でなのか。
ヴィンセントさんが望んでるのはなんとなく物理な気がするけど、私とあの巨漢をバトらせてもすぐさま私が負けると思うんだよね。
ヴィンセントさんがいるところへ近づいてしまったため、ディットさんとは距離が少し離れてしまっている。
だからこそディットさんにも念の為結界を張ってはいた。
そしてその巨漢が近づいてくるのを見て、ディットさんは一応敵意があるでもなし……という事で道の端に避けようとしたものの、正直な話通路として見てもここそう広いわけじゃない。
あの巨漢がすれ違う時に少し気を使ったとしても多少ぶつかりはするだろう、と思ったし実際にそうなったようだ。
ディットさんは結界にぶつかられただけで済んでるので怪我こそしていないが、巨漢は……そもそも何かにぶつかったという認識をしていないようだった。
それこそダンプカーみたいな勢いで突っ込んでくる巨漢に、あ、これはマズイなと思ったので私はそっとヴィンセントさんにも結界を張った。
あの巨漢の目にはもうヴィンセントさんしか映ってないんじゃ? と思う勢いで、その近くにいた私にも勿論ぶつかってきたけれど結界があったので私はノーダメージ。
というかだ。
ぶつかっておいて何のリアクションもないとかこの巨漢の肉体どうなってんの?
「ダーリンったらこんなところに隠れちゃって、んもう、照れ屋さんなんだからぁ」
きゃっ、と花でも飛び散らせてそうな言葉ではあるが、言っているのは巨漢だしなんならとても野太いお声である。そしてヴィンセントさんは顔を可哀そうなくらい青くしている。
隠れていた場所から引きずり出すようにしようと腕を伸ばした巨漢であったが――
「あら? 何かしらこれ」
ヴィンセントさんを包む結界に触れ、ヴィンセントさんに直接触れる事はかなわなかった。
あからさまにホッとしているヴィンセントさんを見ていると、彼の目は必死に何かを訴えている。
ついでに声に出さずに口を小さく動かして何かを訴えている。
その様子はさながら、凶悪犯を前にしかし周囲にそれらが伝わらないようこっそりと助けを求めている被害者そのものだった。何か前世の映画でこんなシーン見た事あるぅ……
「あたしとダーリンの仲を邪魔しようだなんて、そんな事させないわよぅ!」
ふんぬぬぬ……! みたいな声を出しつつも、なんと巨漢は結界に腕を伸ばした状態で掴もうと試みている。
破られるつもりはこれっぽっちもないけれど、でもなんか……勢いだけだとそのうちあの結界に指だけでも侵入させそうな雰囲気は感じる。
「エルテ! その人倒して大丈夫です!」
離れた場所からディットさんの声がかかる。
え? 倒せって言われても……
そしてディットさんの声にようやくそこで私の存在が巨漢にも認識されたらしい。今まではマジでヴィンセントさんしか目に入っていなかったようだ。
「あぁん? なんだてめぇは」
おっふ。
さっきまでヴィンセントさんに対する態度とか見ちゃった後だとむしろこっちの態度のが違和感凄いな……
明らかに敵意がある眼差しを向けられたので咄嗟に巨漢の背後に結界を出して、そのまま勢いよくアタックさせた。
「ごっ!?」
後頭部に重い一撃を無防備なまま受けて、巨漢は白目をむいたまま前のめりに倒れる。
「ひぃっ!?」
巨漢の正面にいた状態のヴィンセントさんのか細い悲鳴が響いた。
倒れていく巨漢が結界にぶつかり、少し進路を変更して地面に倒れる。
……正直この光景、傍から見たらどういう状況なんだろうね……? って気がすごくするんだが。
事情を知ってるのは間違いなくヴィンセントさんだ。
だからこそ私は、
「説明、してくれますよねぇ……?」
結界張って助けてやっただろ? とばかりに声をかけた。
結界がなかったら今頃あの巨漢にヴィンセントさんは引きずり出されて熱烈なハグをうけていたかもしれないし、それ以上先があったかもしれないのだ。
それを勿論ヴィンセントさんも理解しているのだろう。未だ青ざめた顔のまま、カックン、と糸が切れた人形みたいな動きで一度、頷いた。
とはいえ。流石にこの巨漢をこのまま放置していいものかどうか……と悩んでいたら、ルーウェンさんとカイルさんがやってきた。
あまりにもいいタイミング。そしてなんでこんな路地裏に? という疑問。
「それについてはあとでわたしから説明させてもらうよ。この人、任せていいかな?」
「……気乗りはしないがいいだろう」
「何か知らないけどとりあえず自警団、あ、いや、騎士団か? そっちに運べばいいんだろ?」
事情を知ってるらしいルーウェンさんと、何だかよくわかってないカイルさんがそれぞれ頭と足の方へ移動して巨漢を持ち上げる。完全に担架とかそういうの運ぶ時のポジションだけど運んでるのは担架に乗った人間ではなく人間そのままなんだよなぁ……大丈夫かなあれ、首とれない?
まぁあの巨漢、全体的に大きいし首回りなんて太すぎてちょっとやそっとじゃ取れないだろうって感じしかしないけれども。
せーの、の掛け声で持ち上げて、ルーウェンさんとカイルさんは慣れた様子でそのまま来た道を引き返していった。
運び先が騎士団って事は……
「あの人犯罪者か何かだったんですか?」
「そうだよ。さて、話をするにしてもこんなところにずっといるのもどうかと思うし……ヴィンセント、行くよ。折角の収穫祭、少しは楽しまないと損だろう?」
ディットさんがそう声をかけた事でようやくヴィンセントさんもゆっくりと動き出した。とりあえずそろそろと隠れていた場所から出てくる。
「……ひとまずは、助かった。礼を言う」
どうにか態度を取り繕っているものの、しかしまだその顔は若干青い。危機は去ったとはいえ、だからといってすぐさま切り替えられるわけでもないのだろう。
ともあれ、話をするにしても確かにここでそのまま、というのはどうかと思う。
ディットさんが出した光の玉があるから明るさはそこそこになってるけど、それがなければ昼だというのに日没直前や直後、みたいな暗い場所だ。
悪だくみでもするならこういう場所は打ってつけかもしれないけれど……ディットさんの言う通り今日は収穫祭。
とりあえず何か美味しい物でも食べながら話をすればいいのではないか、と私も思う。
まだ行ってない店の方ではイスやテーブルが用意されて座って食べるスペースもあるらしいし、そっちでいいんじゃないかな。生憎お酒とかは出されても私は飲まないけど、ヴィンセントさんは多少アルコール入った方がマシかもしれない、という気がする。
とりあえずディットさんと一緒にヴィンセントさんを連れて、私たちはさっきまで見ていた露店側ではない、フードコートがある側のお店へと移動する事にした。




