何かの前兆
甘いものは好きだけど、外で食べる機会は中々ないと言っていたディットさんだが、収穫祭の屋台なら適当に目についたやつを買ったとしてもそこまで問題にならないのではないか? と思い始めた。
甘い物ばかり続けて食べてると甘いのが好きなんだな、とか思われてまた絡まれる可能性はあるけれど、甘いのとしょっぱいのを交互に食べてれば甘いのが好き、とか思われる事もないだろう。
まぁ、甘いものとしょっぱいもの系の屋台はそこそこ離れてるので交互に、となるとそれなりに往復しないといけないわけだが、そうやって動いてたらそれなりにお腹も減るだろうしその分一杯食べられますねぇ!
あと移動範囲で何かあったらその時はすぐ駆けつける事は可能。
順番に見ていく、という点では非効率極まりないけど、甘い物ゾーンでずっと甘い物食べたあとでしょっぱいもの系が立ち並ぶところに行って今度はずっと味の濃いもの、ってなると途中で確実に飽きがくるからね。あっちをうろうろこっちへふらふら、という移動方法にディットさんも特に文句を言うでもなく一緒についてくるので、これで良しとしておこう。というかディットさんもさっき甘いの食べたから次はアレ食べましょう、とか言ってるのでなんだかんだお互い満喫していると言える。
花祭りの時と違い、今回はあんまり不審者と遭遇しないなぁ、と思ったけど店の並ぶ大通りを歩いているからかもしれない。
食べつつも時々人の少ない通りに移動したりもしたけれど、明らかにこれから空き巣やります、といった感じの不審者は見かけなかった。
花祭りの時は何だったんだ……? いや、花祭り、星祭りと大量に捕まえたから今回はあまりいないのかも……?
そうであってほしい。
なんて思っていたのがフラグだったのか。
ぶどうのミックスジュースを飲みつつ少し人の少ない通りを移動していた時だった。
ある程度お腹も膨れてきたし、次は保存食のあたりを見ていくつか買い込んでおこうかなと思ってディットさんに保存食が売ってるのはどのあたりです? と聞いていた時だ。
一人の男性が慌てたように走っていって、さっと路地裏へと隠れるように飛び込んでいった。
あれ……? 今の人見覚えあるな……?
そう思ってしまって、ついその人が駆け込んでいった路地裏へと視線を移動させる。とはいえ、そっちを見たからってその人が見えるわけじゃないんだけど。
「今のは……」
「ヴィンセントさんでしたよね……?」
ディットさんも彼の事は知ってるらしく、何事だ? とばかりに眉を顰める。
ヴィンセントさんはルーウェンさんの知り合いで、騎士団に所属している。
私は関わったのなんて片手の指で数える程度でしかない。
こう……ほら、犯罪者から情報を聞き出すべく尋問と言う名の拷問かました時とかね……?
死なない程度に結界で殴り続けるだけのお仕事。時々治癒魔法使えば終わらない苦痛を味わう事ができてしまうという、やられる側からしたらたまったもんじゃないアレ。
死なれたら困るから治癒魔法使うけど、情報吐くまでは勿論痛めつけるよ、っていう方法はすぐに情報を喋る人も勿論いるけど、我慢比べで絶対喋らん、という人もいるので効率というものを考えるとあんまりいい方法とは言えない。
けれども他に方法があるか、と言われれば、あとはもう最終手段的な感じで自白剤、となってしまう。
とはいえ自白剤も取り扱いが中々難しいもので、そう気軽に使える物じゃない。
なので時間がかかろうともやっぱり尋問していくしかないわけだ。
余程急を要する、とかなら自白剤を使う許可も出るかもしれないけどさ。
治癒魔法を使える人が騎士団にいるのであれば、結界じゃなくても普通にぶん殴るとかして痛みと回復を繰り返し、ってできるけど、騎士団に治癒魔法を使える人がどれくらいいるのかは知らないので、その方法が使えるかどうかは私にはわからない。
いたとして、普通に怪我をした人を治すのはいいけど相手が犯罪者となれば、治そう、と思う気がなかったとしても仕方がない。
治癒魔法が使える人が慈悲深い人ばかりとは限らないからね。ほら、私というとてもわかりやすいのがここに。
ギルダーの人たちも毎日何かしらの魔物討伐とかの依頼に出たりして大きくはない怪我をする事なんてしょっちゅうだし、自警団の人も聞けばそれなりに怪我をする模様。
魔物退治に行かなくても街の中で犯罪者を取り押さえたりだとかする事もあるみたいだからね。
騎士団もそれは同じだし、場合によっては訓練で結構激しく怪我をする事がある……とは以前ルーウェンさんから聞いた気がする。あれこれギルド長からだったかな?
まぁどっちにしても、それぞれの所でそれなりに怪我をする事はあって、だからこそ同じ部署に所属している治癒魔法が使える相手は重宝されてるっぽいけれど。
魔力だって無尽蔵にあるわけじゃないから、治せるものも限られてる……なんて事になれば、そりゃあ犯罪者相手に治癒魔法を使うのは……ってなるのも仕方ないと思うよ。優先順位ってどうしてもあるしね。
犯罪者治すくらいなら訓練で怪我した仲間を治したい、と思う人がいてもそれは別に何にもおかしいとは思わないし。
さておき、ルーウェンさん経由で知り合ったヴィンセントさんだけど、正直街の中で顔を合わせる事はほとんどなかった。いや、たまーに見かける事はあったけど、わざわざ声をかけるまではいかなかった。
向こうも多分休憩時間なのかな? って感じだったし、だとしたら下手に話しかけて休み時間減らすのもな、って思ったわけで。
これがもうちょっと親しい間柄であれば違ったかもしれないけど、精々が顔見知り。
見かけて向こうもこっちに気付いているなら「どうも」程度の挨拶と一緒に会釈はしたかもしれないけれど、私が見かけた時はヴィンセントさんがこっちに気付いた様子はなかったのでそれもない。
もしかしたら、向こうが私に気付いた事はあったかもしれない。けどその時はきっと私が気付いてなかったに違いない。
ヴィンセントさんも私も、ウルガモットの中でお互い見つけたからってわざわざ声をかける程の仲ではない、というのは確かだ。
けれども今、なんていうか慌てた様子で駆け込んでいったヴィンセントさんに関して思う事がないわけでもない。
お祭りの日に、あんな様子を見せられたら何かあったんだろうか……? と思うのも仕方ないわけで。
それは同じく彼の事を知るディットさんもそうだったのだろう。
というか私よりもヴィンセントさんの事を知っていてもおかしくはない。ヴィンセントさんも貴族っぽいし、ディットさんも貴族。
まぁ、庶民が想像する貴族とは少しばかり違ってフレンドリーな部分があるけど、でも家は間違いなく由緒ある感じのところだ。
貴族ともなれば下手な弱みを見せる事のないように……みたいなイメージが前世の創作物のあれこれであったから、今回のヴィンセントさんの様子は明らかに何かがありましたと言っているも同然である。
「行きますか?」
「そうですね。仮にも知り合い、何かあったとして見捨てるのは忍び有りません」
言ってる事はとてもマトモだけど、弱みがあるなら握っておこう、というのが見え隠れしてますよディットさん。
とは思ったものの、それを口に出す真似はしない。
いや、下手に藪つつくのは、ねぇ……?
まぁこれからやろうとしてる行動もある意味藪つつくものかもしれないけれどもさ。
路地裏に駆け込んでいったヴィンセントさんを追うべく――手に持っていたぶどうのミックスジュースを私とディットさんは残りを一気に飲み干した。
いや、走ったりすると零れるかもしれないし……
あと複数種類のぶどうが入ってるので、色がこう……下手に零して服についたら染みになりそうだし……
あと、美味しかったので残すのももったいないし零すとなるともっとこう……勿体ないし。
結局最終的に勿体ない、に行きつくけれど、零したのが手にかかったりすると確実にべたべたしちゃうからね、仕方ないね。
空になった容器は後でゴミ箱に捨てるとして、中身は残しておくのもなぁ、と。
ともあれこれで移動中にうっかり零したりすることもないので、私とディットさんはヴィンセントさんの後を追うように路地裏へと踏み出した。




