仲間フラグとか流石にないない
マッシュルームベアの話が出る以前から、アニーティカでは小さな事件、といっていいものか微妙な出来事が発生していた。
事件、と言い切れないのは例えば干していた洗濯物が何でか全部裏返しにされていたりだとか、その干していた洗濯物の靴下がばらばらの組み合わせで干され直されていたりだとか、はたまた家の中に誰かが侵入した形跡があるものの特に何かを盗られた様子がないだとか、本棚の本が巧妙に移動して並べ直され地味に読もうと思った本とは別の本がそこにあったりだとか。
これが例えば洗濯物から若い女性の下着だけが盗まれているだとかであれば、アニーティカの自警団だとかギルダーが犯人探しに乗り出したりしたことだろう。
けれども洗濯物は何一つとして盗まれたりはしていなかった。
精々地味に裏返されたり、ちょっとばらばらの組み合わせにされたりしただけだ。
いやそれも地味にイヤな感じだけど。
特に靴下とかセットにして干してるのをバラバラにされたらまた同じ組み合わせ探さないといけないわけで。
それならいっそ素直に下着泥棒が出た方がマシだった、と思える。
それに家の中。
これも複数の家が何者かに侵入された気がする……といった感じで被害が出ていたのだとか。
とはいえ、盗まれた物は何もない。
となれば誰かが忍び込んだんだ! と大声で騒ぐほどのものでもないと思える。
もし大声でそんな騒ぎを起こしたとして、これ実は自分がうっかりやらかした事を忘れていただけ、なんて事になったらそれこそ引っ込みがつかない。
素直に何かしら盗まれていれば、自警団に相談だってできたはずなのだ。
最初は置いてあった物がちょっとだけ移動していた程度だった。
しかしそれらが段々エスカレートしていって、気付いた時には台所で砂糖と塩の入れ物がすり替えられていたりなんて事にもなったのだ。地味に被害が大きい。
更には書斎を持つ家に至っては、本のカバーが上下さかさまになっている程度ならまだしも、別の本のカバーをつけられていたり並べてあった巻数がバラバラにされていたりと、戻そうと考えると地味に面倒な事になってしまっていた。
これも最初の頃は五巻と六巻が逆になって四巻六巻五巻、みたいに並んでいる程度だったのだ。
だからこそ最初のうちは戻したつもりで間違ってこっちに入れたんだな、と家人は騒ぎにするつもりもなかった。
この程度なら自分がうっかり間違えたのだろう、で確かに済む。
しかし流石に自分のうっかりではない、というところまでいけば騒ぎにもなる。
とはいえ、誰かが家に侵入したとしても、金目のものは何も盗られていないのだ。
だからこそアニーティカの街では事件と言うには微妙な……不思議な出来事と言われる程度であった。
ちなみにこれらの犯人がプリーザたちである。
事件が発覚したのは単純に目撃者が出たからだ。
今までは見られる事なく犯行というか悪戯に及んでいたようだが、それもいつまでも続くものではなかったらしい。目撃者が出て、そこでようやくこれら一連の出来事が自分たちのうっかりなどではなく、明確な犯人がいると知らされたのだ。
そしてその目撃者こそが、エレナとポールであった。
プリーザたちは勿論アニーティカの街の牢にぶち込まれた。
ぶち込まれた、とはいえ、大罪を犯したわけではない。なにせやってる事はこどもの悪戯レベル。ただし数がシャレにならない件数あるけれど。
アニーティカギルドのギルダーやら自警団の人たちやらが総出での大捕り物であった。
むしろそれだけの人数総動員しないと捕まえられなかったとかいう時点でこのプリーザたちのポテンシャルが明らかにおかしい。
最近のアニーティカの街での事件は? で数年前の事が述べられていたのは、単純にこの事件を口にするのもなんだかなー、といったからだったのだろう。
まぁ、私も聞かれたら流石にちょっと言いたくないわこれは……
やってる事は地味に凄いんだけど、いかんせんしょぼいなとしか思えないのもヤバい。
だって聞けばアニーティカのお家のほとんどはプリーザたちが侵入しているのだ。
ほとんどの家がだ。
そこまでいってようやく事態が発覚したというのが恐ろしい。
こいつらがもっと邪悪な考え方の持ち主であったら、今頃アニーティカの街では正体不明の殺人鬼が爆誕していたりしたかもしれないのだ。誰にも気づかれないように侵入し、背後からグサッ! で大抵は終了してしまう。命の危険に晒されてるようなお貴族様であれば家の中でも油断はしないかもしれないが、大半の一般市民はまず家の中で殺されるという事を念頭において生活しない。
例えば外に出れば多少の危険は承知の上だろうけれど、家の中にいて何か不審な物音がしただとかそういう事もないのであれば、神経張り巡らせて警戒なんてしない。
プリーザたちが仕出かしたのが、そんな殺人事件などではなくただの悪戯で済む範囲であったのが救いと言えば救いだろうか。
犯罪の方向性が間違ってる。いや、正しい方向にいっちゃうと凄惨な事件が頻発しちゃうからこれはこれで……と思えるんだけど、それにしてもだ。
才能の無駄遣いとかそういう言葉がよぎってしまったぞ。
で、牢屋にぶち込まれたプリーザたちだが、やっぱり脱走したんだそうだ。
数日はまた家の中に誰かが侵入するんじゃないか……と戦々恐々としていたようだが、そこら辺でマッシュルームベアの話題が出てプリーザたちの事は一応警戒するけど今はマッシュルームベアをどうにかするのが先、となったらしい。
うーん、ウルガモットで捕まえて牢にぶち込んだけど脱走した、って話は聞いてたけど、そこから今度はアニーティカに行ってたのか……てか、前に盗賊団を名乗ってたんだから、そこはもうちょっとこう……ちゃんと盗賊らしい事しろよ、って思っちゃうんだよね……
いや、そしたらそれはそれで犯罪活動だから困るんだけど。
うーん、活動してもしなくても文句が出るな。
三人組だったと思うんだけど、残りの仲間はどうしたんだろうと思ってエレナに聞けば森の中では見ていないとの事。
アニーティカの街の牢から脱走したのは確かだけど、残りの二人……なんだっけ、正直あんまり名前を呼びたくはないんだけど……ザーコンとショボリアだっけ……? 聞けば聞く程どうにかならんかこの名前って思える名前だな……
一文字二文字違うだけでこうもアレな事になるとか……いやもうそれに関しては何も言うまい。
この思いを共有できる人物はこの世界にはいないのだから。
ともあれ、森の中で出会ったプリーザは自分たちが捕まる原因になったエレナとポールを見て、報復活動に――出るよりも先に、あのマッシュルームベアと遭遇しよりにもよってプリーザはキノコの胞子を吸い込んでしまったのだとか。
そこで酒に酔ったようなハイテンションになり、その状態で絡まれた結果エレナとポールは逃げる事になったのだとか。
いかんせん黒化マッシュルームベアとかヤバい存在と遭遇したのもあって、冷静でいられるはずもなかったのか若干証言が前後してるような部分もあったけど、概ねこんな感じだった。
プリーザが二人を追っかけてたのは嫌がらせもあったのかなぁ……?
二人のせいで自分たちの犯行がバレてしまった、と考えればまぁ、わからんでもない。とはいえ逆恨みにしか思えないけど。
何が怖いって、エレナとポールは割と全速力で逃げてたみたいなんだけど、プリーザは胞子吸い込んでへべれけ状態になってるにも関わらずまだ余力があったっぽいってところだよ。
二人は黒化マッシュルームベアから逃げるのも正直ギリギリだったと言ってるのに、プリーザは後ろから迫りくる黒化マッシュルームベアを上手い具合に挑発して引き付けていたというのだから驚きだ。
いやホント、さっきから才能の無駄遣いって言葉が脳裏をよぎるんだよね……!
エレナから話を聞いているうちに、黒化マッシュルームベアを燃やしていた炎は更に勢いをあげて火柱のようなものが立ち上る。見ればアニーティカギルドで魔法を使えるらしき人と、うちのギルドで魔法が使える人たちで何やら協力し合って火力調整をしているようだ。
まぁそうよね、あんな勢いのある炎が普通に燃えてたらそれこそ暑くてたまらないし、下手したら周囲に燃え移ってるかもしれないんだから。
アニーティカギルドの人たちが炎の中に何やらぽいぽいと放り投げているのが見えて、一体なんだろうと思って目を凝らす。どうやらキノコのようだ。
……あれ、バーサークベアをマッシュルームベアに進化させるキノコだよね……燃やすんだ……
いや、中途半端に手元にあっても困るものみたいだから、処分できるならしてしまおうという魂胆になるのはわかるけども。
エレナとポールもこの討伐戦がようやく終わったのだ、と実感したのだろう。
「オレら出番ほとんどなかったな……」
「そうだね、ほとんど逃げるだけで終わっちゃったね……」
空にも届きそうな勢いで燃える炎を見上げて、二人はそんな事を呟いた。
「まぁ、二人はギルダーになって間もないんだっけ? じゃあ何もできなくても仕方ないんじゃないかな。
今回の参加者なんて皆先輩みたいなものだし。初っ端から大活躍、なんてのは今どき物語の中でもそうないよ」
ゲームとか漫画とか小説とか、まぁお話としてはある程度活躍して期待の新人扱いされたりする事もあるだろうけど、現実そんなんばっかだと先輩ギルダーたちの立つ瀬がない。
むしろここから先輩たちを追い越そう、と努力して羽ばたいて……というのもある意味王道だと思う。
私の慰めにもなっていない言葉に、しかしエレナは「それもそうですね……!」となんでか納得していた。いや、言われる前に大体わかりきっていた事では。
「あの、お名前聞いてもいいですか!?」
「え? あ……エルテ」
そういや二人の名前は聞いたくせに自分は名乗ってなかったなと思い出す。
「あの、良かったらまたお話して下さい」
「え? いいけど」
そんな事ある?
私がいるのウルガモット。
エレナがいるのアニーティカ。
そう気軽に会う感じじゃなくないか?
ちらりとポールを見れば、そこはかとなくエレナの様子に呆れた感じではあるけれど、苦言を呈するほどではなさそう。
「エルテ、そろそろ戻るよ。後始末はアニーティカギルドが請け負うってさ」
「あぁ、はい。それじゃあ、ボクはこれで」
「はい、また!」
「じゃあな」
私に声をかけてきたのはディットさんだ。
どうやらマッシュルームベアもほとんど燃えたみたいだし、魔物が近寄ってくる感じもない。
もうちょっと焼けたらアニーティカギルドの人たちで消火するらしく、それなら私たちはさっさと戻るべきだろう。
拠点として私が待機していた所はともかく、今いるここはどちらかといえばアニーティカ寄りらしいし。もう終わったのであれば、さっさと戻るべきだ。それでなくともこれから収穫祭の準備があるって話だし。
……うちは特にそれらしい感じで参加する事もないだろうけど、折角なので祭りに参加しようと思っている。まぁ花祭りの時同様、お祭りを見て回るついでにパトロール、って感じに落ち着くんだろうけど。
ディットさんに連れられて戻る途中、ふと振り返ればエレナはぶんぶんと手を振っていた。
私が振り返ったから急遽振ったというよりは、ずっと振ってたっぽい。
……隣街の人間との接点ってそんななくない? 同年代っぽいから、って理由でお近づきになるにしても、前世みたいにネットだとかで気軽にやり取りできるならともかく、ここだと数日かけての文通が精一杯だと思うんだよね。
まぁ、社交辞令だろう。
そんな風に思って、途中途中で合流したギルダーたちと一緒に私は帰っていったのである。




