頼りは結界
クマと一言で言っても、毛の色が茶色っぽいやつだとか、最初から黒い奴がいるので黒化している、とすぐさま気付けるかどうかわからないんじゃないかなぁ……と思った事もありました。
赤化の時は明らかに赤々してるのでわからないはずもない、という感じだったんだけどねぇ……
ほら、黒い毛皮のクマとか普通にいるじゃん?
だから黒化とそうでないやつの見分けなんてつくかしら……とか思ったりもしてたんだけど、その心配は必要なかった。
ちょっと前にメルドーラで魅魔の宝石とかあったじゃないですか。
あのいかにも呪われてますと言わんばかりに自己主張していた禍々しいオーラのようなものが出てた宝石。
ああいう感じで黒化してるマッシュルームベアもまた、何か禍々しいオーラみたいなのが出ていたのです。
ここまでくれば流石に誰が見ても黒化ってわかるし、あぁこれはヤバい、って見た人皆が思うのではないだろうか。
以前マトハルさんと一緒の時に遭遇した狼はそこまでヤバい感じしなかったけど、あれはもしかしたらそうなったばかりとかそういうやつだったのかもしれない。
で、そんな明らかにヤバいです、というのが一目でわかる黒化マッシュルームベア、それがいるというのに現場は緊迫するというより困惑の方が強かった。
というのも。
「はーっはっはっはぁ! さぁ! ワタシはここですよ! どうしました、そんなんじゃいつまでたっても捕まりませんよ! ホーッホッホッホ」
――という、なんともテンションが高いというか、場違いというか、何でお前そんな状況ではしゃいでんの? としか言いようのない感じでですね、まぁはしゃいでるんですよ。むしろはしゃぐ以外に何を言えというのか。
少し前に遭遇した、あの、ほら……例の……プリーザとかいうすごく……パチモンくさいです……っていう名前の、とてもしょぼい盗賊団を自称してらっしゃる犯罪者。
ただし懸賞金はとてもしょぼい。
そいつが何でか知らないけどこの場にいるんですよ。
お前牢から脱出しておいてなんでここにいるの……? ととてもツッコミたい。
っていうか、ノリが完全に波打ち際で追いかけっこするバカップルのノリなんですよ。
でも口調がどうしてもあの宇宙の地上げ屋を彷彿としちゃうのなんでかな……きっとこんな思いを抱いてるのは私だけなんだぜ……?
理解者がいないって今更ながらに辛い状況なんだな、って思いましたまる。
作文っぽくしてみたけど、事態は何の解決もしていない。
いやホント、何でいるのあいつ……というか他のお仲間どうしたの……?
あと、それとは別に見覚えのない私と同年代くらいかな? って感じの男女がいるんですよ。
きゃあきゃあ言いながら逃げ回ってる女の子とどうにかして守ろうと立ち回ってるっぽい男の子。
おっと、もしかして二人は恋人かしら? にしてもこんな状況でこんなところにやってきたとか、死亡フラグが立ちすぎでは?
ホラー映画なら開幕五分以内に死んでそうな気がする。
第一の犠牲者とかそういうやつにしか見えない。
えっ、これから目の前でこの男女が死ぬ光景を見る流れになるんです? とか思わず現実逃避しかけたよね。
あのカップルかなぁ、って思える二人に関しては見覚えがないのでうちのギルド関係者じゃない事は確か。そもそもマーカー打ち込む時になんだかんだうちのギルダーの人たちは全員確認したからね。間違いなくあの二人は部外者って断言できてしまう。
まぁ、部外者って点ではあのパチモン野郎もそうなんだけど。え、そうだよね? まさか関係者とか言わないよね?
だって手配書出てる程度には犯罪者なんだよね? マッシュルームベアに一家言あるような人物には到底見えない。これで有名な魔物研究者ですとか言われたら私世間をもっと斜に構えて見ないといけないんだけど。
というか仮にマッシュルームベアに対して詳しい専門家だったとしても、黒化してる奴相手にあんな軽装で関わるとか命捨てる気しかないと思われても仕方ないわ……
私はさ、ほら、結界っていう強い味方があるから別に武装とかしてないけど。
でもあの人、魔法とか使えるかどうかも怪しいじゃん?
っていうか前に普通に結界で殴ったけど、あれだって勢いで殴ったけど、そこまでの威力は出してなかったのよ。でもそれでも気絶する程度にはダメージを受けたって事は、別に鍛え上げられた肉体が、とかってわけでもないし、ましてや並大抵の魔法であってもある程度防げるとかいう手段や方法があるわけでもない。
そして服装はどう見てもそこらの町の住民が着てそうな――完全普段着である。
一応かろうじて、お情けで武装してるっぽく見える部分をあげるなら、両手に巻かれたリストバンドくらい?
それだってゲームだったら普通に防御力プラス1とか2とかの気休めレベルだと思うんだよね。
前に遭遇した時はもうちょっと武装してる感じしたけど、やっぱあれかな。牢屋に突っ込まれた時に武装解除されただろうし、そこから脱出したはいいけど装備の回収はできなかった、とかいうやつかな。
まぁ要するにほとんど非武装。その状態でなんでこんなところにいるんだって話ですよ。
推定カップルの方がまだしっかり武装している。
武装って言ってもゴッテゴテにしてるわけじゃなくて、駆け出し冒険者の装備です、みたいな感じだけど。
「……で、何これ」
その光景をたっぷり数秒眺めた後、私が言えたのはこれだけだった。
いや、これを何か上手い事表現できるだけの語彙力は私にはないわ。無理。
一言でいうならカオスだな、としか。
「何、と言われてもな……」
そんな私の言葉にどうにか返事をしてくれたのは、ルーウェンさんだ。
ディットさんやマトハルさんの姿は見えないので、多分こことは別のところで魔物退治に勤しんでるのだろう。まぁ、うちのギルドのメンバーほぼ全員が同じ場所に固まってたらそれこそ邪魔すぎるわ! ってなるものね。そりゃあ手分けして、ってなるわ。
ルーウェンさん曰く、ここで通常個体のマッシュルームベアを倒し、その死体を速やかに焼却処分しているところに彼らは現れたのだとか。
成程、確かに死体を放置したままだと何かフェロモンに釣られて他の魔物が寄ってくるって話だったもんね。そうなったらここいら一帯の魔物全部相手にしないといけなくなるわけだし、流石にそれは重労働なんてもんじゃない。
というか、魔物なら根こそぎ倒しきっていいんじゃないか? とか思いそうだけど、それやっちゃうと他の場所から別の魔物がやってくるっていう事もあり得るらしいからね。
ここら辺で暮らしてる魔物は町とか村にわざわざ出向く事はそうそうないらしいけど、他所から来た魔物は場合によっては人里に進出するらしいって言うし。
そうなると町や村が無駄に危険に晒されてしまう。
いくら自衛のためにギルダーやら自警団やらがいたとしても、それで何もかも全部を守り切れるわけがない。
魔物って言葉からどう足掻いても対立するしかない、みたいなイメージあるけど実際は通常の野生動物をもうちょっと厄介にした程度のもので共存が不可能というわけでもないのだ。
まぁ、ある程度知恵が回るタイプは厄介すぎて倒すしかないって場合もあるみたいだけど。
最初、あの男女が真っ先にここに駆け込んできたのだそうだ。
そしてそのすぐ後ろにあのしょぼすぎ犯罪者。
その後ろには黒化したマッシュルームベア。
今も男女は元気にこの場を逃げ回っているけれど、その後ろを追従するかのようにプリーザがハイテンションでついて行ってる。そしてそれを追うマッシュルームベア。
男女はきゃあきゃあ喚き散らしつつもどうにか逃げようとしているのはわかる。
プリーザは……あいつもしかして胞子吸い込んでない? 何か前の時のテンションと比べると大分違うんだけど。いや、大元の部分はそこまで違ってないように見えるけど、でも何か前と違うってのはわかる。
マッシュルームベアが追っているのが男女の方なのかプリーザの方なのかが微妙にわからないけど……多分プリーザを追っかけてるんじゃないだろうか、という気がする。
そこら辺を言えばルーウェンさんもそうだな、と同意してくれた。
つまり、見たままそのままで合ってるようだ。
いや、合ってるからなんだって話になっちゃうんだけど。
状況としては見たままそのままってのはわかったけど、じゃあそれで事件は解決だねッ☆ となるかと言われればなるはずもなく。
男女を追うプリーザ、を追うマッシュルームベア。
どうにかするにしても、ちょっと開けたこの場所をあちこち駆け回られるせいでギルダーの人たちもどうにもできないようだ。
まぁ、下手に近づいて胞子吸い込んだりしちゃったらねぇ……
今はルーウェンさんが風の魔法で向きを変えているので胞子を吸い込む事はなさそう。
あの人たちが来るまでは風上と風下をきっちり分けてたみたいだけど、こうも周囲をうろちょろされると風上もなにもあったもんじゃない。
今は下から上に吹き上げるように風の向きを変えていた。
女の子の方がですね、装備が胸のあたりを覆う皮の軽鎧っぽいのと、その下はスカートなんですよ。
なので逃げ回りつつ下から吹く風で捲れないようにスカートを手で押さえながら逃げ回ってるんですよ。
色んな意味で酷い絵面だな、と思うのも仕方ないと思う。
風を止めようにもそしたら胞子が絶対酷い事になるからね、ルーウェンさんもそのために風を魔法で起こしてるのであって、彼女のスカートの下に興味があるわけじゃないもんね。いやあったらあったでツッコミを入れるとは思うけど。その前にディットさんが後から何かこう、言うんじゃないかなと思わなくもない。
あと状況が状況なので女の子のパンチラを期待しているギルダーの人たちはいないっぽい。
いたらいたで今はともかく状況が落ち着いてから確実にネタにされるだろうなと思うので、もしかしたら興味があっても表に出していないだけかもしれないけど。
「とりあえず……どうするんですか、これ」
「どうにかしないといけないのはわかっているが、これをどうすればいいと思う?」
質問に質問で返されてしまった。
どっちにしてもあのマッシュルームベアはどうにかしないといけないわけなんだけど……まずあいつが追っかけてる方をどうにかしないとマッシュルームベアも止まらないのではないだろうか。
とはいえ、止まれと言って素直に聞いてくれるかはわからない。
というか、もうしばらくこの辺りで追いかけっこさせて体力消耗してくれないかなとか思っている。
どうだろうな、無理かな。……まぁ間違いなく最初に体力が尽きるのはマッシュルームベアじゃなくて人間側だろうけども。
「どうすればも何もなぁ……」
うぅん、と悩んでますよといったポーズをとりながらもルーウェンさんに思った事をそのまま答えていいものかと言葉を濁す。
いやもう面倒だから全員それぞれ結界で隔離しちゃえば良くない? とか思うんだけど、いかんせんマッシュルームベアと追いかけっこしてる側がかなりギリギリなんだよね。こう、捕まりそうで捕まらないギリギリの位置、とでも言えばいいだろうか。
しかも動き回ってる状態なので結界でそれぞれ個別に確保しようとしても、下手すると皆纏めて一つの結界内に収まっちゃいました、なんて事にもなり得る。
多少荒っぽい手段を使っていいのなら、個別確保も可能なんだけど……後から文句言われるのも面倒だしなぁ。
なんて思っていたら、私が来た方向とは別のところからマトハルさんが駆け抜けてきた。道なき道を突き進んできたのか、草とか葉っぱとかが髪や服にくっついている。
「エルテ……? 何でお前が……いや、今はそれどころじゃないな。そいつが最後だ!」
最後、という事は他のマッシュルームベアは退治しきったというわけか。
それにしても一番厄介なのが残ってしまった、と……
まぁでも、こいつがラストというのなら頑張らないわけにもいかない。
よし、それじゃちょっと荒っぽいかもしれないけど、一度結界で足止めするとしましょうか。




